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生命を作る最適な材料とは?

計算化学で生命の構成分子が選択された過程を探る

 地球上のほとんど全ての生命体が20種類のアミノ酸のセットから構成されているが、実はアミノ酸には極めて多くの種類がある。なぜ20種類のセットだけが選ばれたのだろうか? 東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)の化学者Henderson ("Jim") Cleaves准教授らは、この問題に計算化学の手法でアプローチしている。

 研究チームはまず、アミノ酸を定義するパラメーターを選び出した。例えば、アミノ酸を構成する元素は、遺伝的にコードされた生物アミノ酸に使われている5種類(炭素、水素、酸素、窒素、硫黄)のみとし、その構造は、細胞などの水の多い環境で化学的に安定に存在するものだけを考えることにするのだ。

 続いて、これらの定義と、特別に設計したコンピュータープログラムを用い、数十兆種類のアミノ酸構造の候補を絞り込み、二つの「仮想ライブラリー」を構築した。一方のライブラリーは12万種類余りとなり、より厳しく絞り込んだもう一方は約4000種類となった。この研究の成果はJournal of Chemical Information and Modelingに発表された1

 Cleaves准教授らは、特定の20種類のアミノ酸が生命にとってこれほど重要なものになった理由も知りたいと考えた。「仮想ライブラリーを構築した後、生物アミノ酸のセットを、仮想ライブラリーから無作為に選んだアミノ酸のセットと比較することで、生命体が生物アミノ酸を使っている理由について何か分かるのではないかと考えました。活版印刷で活字を自在に組み合わせて印刷用の版を作るように、生物は20種類のアミノ酸を使ってほぼ無限の種類のタンパク質を作ることができます。私たちは、なぜこの20文字が選ばれたのかを知りたいのです」。

 Cleaves准教授らは、遺伝子にコードされた20種類の生物アミノ酸を仮想アミノ酸と比較することで、生物アミノ酸は、生命に必要な機能を担えるように、ほぼ完璧に作られていることを見いだした。

 さらに研究チームは、アミノ酸候補のライブラリーから無作為に作成した10億種類のアミノ酸セットを現在の生物アミノ酸のセットと比較し、アミノ酸分子のサイズ、電荷、疎水性(水への溶解しにくさ)の3つの主要な特性について、それぞれのアミノ酸セットがどのような広がりを示すか調べた。するとまたしても、生物アミノ酸のセットが三つの特性のそれぞれを理想的にカバーしていることが明らかになった。この研究の結果はScientific Reportsに発表された2

 Cleaves准教授は、「現在の生物アミノ酸のセットより優れたセットを見つけることもできますが、それらは極めてまれです。ですから、地球上の生命体とは独立の生命体が他の惑星で見つかったとしても、遺伝的にコードされているアミノ酸のセットは非常によく似ている可能性があります。生命体に多くの化学的選択肢があったとしても、結局は同じところに落ち着くのかもしれません」と説明する。

 生体細胞を構成するもう一つの基本要素であり、遺伝情報の本質的な担い手の一つでもあるリボ核酸(RNA)についても、同じことが言えるかもしれない。Cleaves准教授らがAstrobiologyに報告した研究では、RNAの構造として考えられるものを全て調べ、安定な構造配列のRNA候補(すなわちRNAの異性体)を227種類発見した。けれどもまたもや、生物が現在使っているRNAは、その機能を担うために最適化されていることが明らかになった3

「RNAは剛性と柔軟性を兼ね備えています。2メートル分の情報を、100マイクロメートルの細胞に詰め込むためには、棒のように硬直した構造ではなく、らせん状に巻ける構造の方がいいのです」とCleaves准教授は言う。「生命の構成分子はいずれも最適な特性を持っていて、そこに至るまでには多くの進化があったと考えられます」。

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ELSIの化学者Jim Cleaves准教授は、地球上のほとんどすべての生命の構成分子が特定の化学種に限られている理由を研究している。

References:

  1. Meringer, M., Cleaves II, H. J. & Freeland, S. J. Beyond terrestrial biology: Charting the chemical universe of α‑amino acid structures. Journal of Chemical Information and Modeling 53, 2851-2862 (2013). http://dx.doi.org/10.1021/ci400209n
  2. Ilardo, M., Meringer, M., Freeland, S., Rasulev, B. & Cleaves II, H. J. Extraordinarily adaptive properties of the genetically encoded amino acids. Scientific Reports 5, 9414 (2015).
    http://dx.doi.org/10.1038/srep09414
  3. Cleaves II, H. J., Meringer, M. & Goodwin, J. 227 views of RNA: Is RNA unique in its chemical isomer space? Astrobiology 15, 7 (2015).
    http://dx.doi.org/10.1089/ast.2014.1213