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人工細胞を創り出す

細胞を構成する必須要素を、細胞膜を模した人工膜(注1)の中で組み立てることにより、思いの外早い時期に、人工生命が創られるかもしれない。

「実験室で生命体を創り出したいのです」と語る東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)の車兪澈(くるま ゆうてつ)准教授は、その目標を遠い夢だとは考えていない。現在、多くの研究者が初の自律型人工細胞(注2)を作り出そうとしのぎを削っている。おそらく今から5年以内に、最初の人工細胞が作製されるのではないかと車准教授は予想している。

 車准教授を含むELSIおよび東京大学の研究チームは、機能性タンパク質分子を試験管内で合成して人工膜中に組み込む手法を開発した。これは、現実の細胞が機能する仕組みについての理解を深めるだけでなく、医薬分野や工業分野に活用できるシステムの構築にもつながる大きな成果だ。

 全ての細胞は脂質の膜に包まれていて、この膜には膜タンパク質と呼ばれるさまざまなタンパク質分子が埋め込まれている(図)。細胞膜は細胞の内外を隔てる重要な障壁になっているが、選択的な透過性も必要であり、膜タンパク質が物質の出入りをコントロールしている。さらに膜タンパク質は、隣接する細胞同士の相互作用も制御している。

 車准教授は、Nature Protocolsに発表した論文で、試験管の内で膜タンパク質を作り出す無細胞系について報告した1。PUREシステム(Protein synthesis Using Recombinant Elements system:再構成型無細胞タンパク質合成系)と名付けられたこの系は、タンパク質合成に必要な36種類の酵素とリボソーム(注3)、数種の低分子因子を高度に精製したものから構成されている。また、Angewandte Chemieに発表した関連論文では、PUREシステムを使ってタンパク質を細胞の中から外へ通す重要な膜チャネルを合成し、人工膜に組み込んだことを明らかにしている2。膜に埋め込まれたこのチャネルはまた、タンパク質を脂質膜内に正しく取り込ませることもできる。

 タンパク質を膜内で再構成するための従来の方法は、合成後のタンパク質を界面活性剤によって可溶化して膜内に組み込むというものであった。これに対して、PUREシステムを用いたこの方法は、タンパク質を合成すると同時に自発的に膜中に組み込んで正しい構造をとらせるという点で大幅に改良されているといえ、人工膜作製法としての効率も高い。遺伝子工学の技術を利用すれば、自然界に存在しないようなものも含めて、思い通りの膜タンパク質を作ることもできるはずだ。

 車准教授は、「PUREシステムは、現実の細胞では解明が難しい細胞内反応過程をモデル化するのに大いに役立つでしょう」と言う。例えば、医療上有用なタンパク質の遺伝子に特定の変異を導入することができれば、そのタンパク質が疾患で担っている役割を明らかにして新しい治療法を編み出すのに役立つだろう。

 車准教授が次に目指すのは、人工膜の内部で脂質分子を合成させて、自力で新しい膜を作れるようにすることだ。これは、人工細胞が成長し、最終的には分裂して増殖する自己複製を行う上で、欠かすことのできない能力である。PUREシステムの医療への応用に加え、人工細胞は、ドラッグデリバリーシステム(注4)にも利用できる可能性がある。さらには、生命の起源において、極めて単純な細胞がおそらく自発的に誕生した、その時の状態についてもヒントをもたらすかもしれない。

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 タンパク質分子が埋め込まれた細胞膜を作製することは、人工細胞を作り出す上で欠かすことのできないステップだ。茶色とベージュの構造体は膜脂質分子、青色および赤色の構造体はタンパク質である。

参考文献

  1. Kuruma, Y. & Ueda, T. The PURE System for the cell-free synthesis of membrane proteins. Nature Protocols, 10, 1328-1344, (2015).
  2. Matsubayashi, H., Kuruma, Y. & Ueda, T. In Vitro Synthesis of the E. coli Sec Translocon from DNA. Angewandte Chemie International Edition, 53, 7535-7538 (2014).
  1. 人工膜:脂肪酸やリン脂質で作られた直径数十マイクロメートルほどのカプセル状の膜のこと。
  2. 自律型人工細胞:人工的に作った細胞の中でも、内部で化学的または生化学的反応を行い、生物のような振る舞い(自己複製を行うなど)をするものをいう。
  3. リボソーム:タンパク質を合成する分子機械。あらゆる生物の細胞内に存在する、重要な細胞小器官である。
  4. ドラッグデリバリーシステム:薬剤を、適切な場所へ、適切な時間に、必要な量だけ送り届けるよう制御する薬物伝達システムのこと。