日本の沿岸温泉で、奇妙なウイルスが発見された。
日本とフランスの共同研究チームが、高温環境では初となる一本鎖DNAを持つウイルスを発見した。
発見されたのはACV(Aeropyrum coil-shaped virus)というコイル・バネ型のウイルスで、鹿児島県の海岸温泉で採取した単細胞古細菌(アーキア)Aeropyrum pernixの培養物から発見された。宿主であるA. pernixは、90~95℃で最もよく増殖する超好熱性古細菌である。
今回の発見は、まだ発見されていない好熱性RNAウイルスが存在する可能性を開き、地球上の生命は自己複製するRNAから始まったとする「RNAワールド」仮説をさらに裏付けるものといえる。実際にウイルスを発見した、元パスツール研究所(フランス)所属、現東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)の望月智弘研究員(地球ウイルス学)は、「このウイルスが発見される前は、極端な高温環境でも安定的に存在できるのは二本鎖DNAだけだろうと考える研究者もいました。二本鎖DNAは化学的に最も安定で、超好熱菌や他の超好熱ウイルスにおいても利用されています」と言う。
ACVの発見により、古細菌ウイルスにSpiraviridaeという新しい分類学上の科が設けられた。「Spiraviridae科のウイルスが、今日の地球上でどれほど広範囲に生息しているのかは分かりません。また、高温環境でどれほど多様な一本鎖DNAウイルスが存在しているのかも分かりません。そもそも古細菌ウイルスの多様性については、ごくわずかな部分しか明らかになっておらず、我々が目にしているのはまだまだ氷山の一角です」と望月研究員は言う。この発見は、Proceedings of the National Academy of Sciencesに報告された1。
ACVの一本鎖DNAは、ウイルス中に見られる一本鎖DNAの中では最もサイズが大きく、これまでの最高記録の2倍以上である。ACVは、水の沸点に近い温度で一本鎖DNAを無傷のまま維持するために、保護システムを作り上げてきたと推察される。
「普通、一本鎖DNAは二本鎖DNAに比べて格段に壊れやすいのです。ACVの生息環境が極めて厳しいことを考えると、超好熱性一本鎖DNAウイルスがこれだけ巨大なゲノムを持っていたことは本当に意外でした」と望月研究員。
極めて高温の環境に生息する古細菌ウイルスには、顕著な特徴がある。科学者たちは、こうした特徴は古代のウイルス圏の特徴を反映している可能性があると考えている。これらを解明することにより、ウイルスや細胞が進化してきた過程の理解を深められるかもしれない。
望月研究員は、「超好熱性一本鎖DNAウイルスが発見されたことで、超好熱性RNAウイルスも存在している可能性が出てきました」と言う。古細菌ドメインは、生物界を基本的な遺伝子の仕組みに基づいて分類する3ドメイン説では、真正細菌ドメイン、真核生物ドメインと並ぶドメインの1つであるが、現時点では、古細菌に感染するRNAウイルスは発見されていない。
「生命は高温のRNAワールドから始まったと考えられています。ですから、今日の高温環境に生息しているRNAウイルスを探すことは極めて重要なのです」と望月研究員。
現在、望月研究員の関心は、好熱性RNAウイルスを発見することと、高温環境に生息するウイルスの多様性を解明することに向けられている。「好熱性RNAウイルスを発見することができれば、生命が誕生したときの温度に関する手掛かりが得られるでしょう。現在我々ヒトを含む全ての細胞においてゲノムとして用いられているDNA分子の起源も明らかになるかもしれません」。
奇妙な新規ウイルスが鹿児島県の沿岸温泉(山川温泉)で発見された。水蒸気が出ている熱源は104℃にも達する。(提供: 望月智弘)
【参考文献】
1. Mochizuki. T., Krupovic. M., Pehau-Arnaudet. G., Sako. Y., Forterre. P. & Prangishvili. D. Archaeal virus with exceptional virion architecture and the largest single-stranded DNA genome. Proceedings of the National Academy of Sciences 109, 13386-13391 (2012) doi:10.1073/pnas.1203668109
注1)古細菌(アーキア):地球上の生物は、真核生物(ユーカリア)・細菌(バクテリア)・古細菌(アーキア)の3つのドメインに分類される。この「古細菌ドメイン」を構成する生物グループ。
注2)超好熱性:最もよく増殖する温度(最適生育温度)が80℃以上にあることをいう。また好熱性は、最適生育温度が45℃以上にあるこという。
注3)自己複製するRNA:RNAワールド仮説では、地球最初の生命体はリボ核酸(RNA)を遺伝情報としていて、RNAは自身を複製(コピー)する能力を持っていた可能性があると考えられている。
注4)科:生物の階層分類体系のカテゴリーの一つ。高い階級から順に、「ドメイン」「界」、「門」、「綱」、「目」、「科」、「属」、「種」と、分類される。