地球生命研究所(ELSI)研究者×クリエイターによるコラボレーションプロジェクト「ELSI "Creators Meet Scientists(CMS)" Project」が始動しました。3月17日に開催されたキックオフワークショップについて、映像クリエイターの坂野充学さんにショートムービーを制作していただきました。
また、ワークショップの様子を、ライターの長谷川リョーさんにくわしくレポートしていただきました。
2017年3月17日、東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)に所属する研究者とクリエイターによるコラボレーションプロジェクト「ELSI" Creators Meet Scientists(CMS)" Project」が始動しました。サイエンスとアートのコラボレーションはこれまでにも多くの事例がありますが、どちらか一方のみならず双方にとって実りある形に結実させることは容易ではありません。今回のプロジェクトはその実現と、社会にとっても新しい価値観やイノべーションが生まれるような共創を目指すものです。17日に行われたキックオフワークショップでは、ELSIの三名の研究者が会場に集ったクリエイターにそれぞれの研究内容をプレゼンテーションしました。今回の記事では、このワークショップの模様をお伝えします。
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地球生命の科学者×クリエイターによるコラボレーションプロジェクト始動
「地球と生命の起源を同時に探究する」という壮大な研究テーマを掲げる東京工業大学 地球生命研究所(以下、ELSI)。人類にとってもっとも普遍的なものの一つであろうこのテーマは研究者のみならず、広く私たちの知的好奇心をも刺激します。ただ、その研究の最先端をうかがい知るためのハードルは決して低くないのが現状といえるでしょう。そもそも私たちにとって学会発表や論文に触れる機会は皆無に近く、その内容も多くが専門用語や数式によって記述されるため、私たち一般人と最先端の研究との間には大きな距離があるからです。
ELSIの研究では、過去に生じた「起源」を研究者それぞれのアプローチで仮説検証していきます。その研究プロセスの一つ一つは客観的な事実と数値データを扱うので広く「科学」と括ることが可能ですが、それらの結果をどう受け止め、解釈し、他の結果との間に価値のある関連性を見出し、研究を推進していくのかという点に関しては、研究者それぞれの「物語」とでもいうべきものがそこにあるとも言えるのではないでしょうか。そこで、従来までのアカデミックな場に閉じたアウトプットの方法ではなく、日頃「表現」を生業とし様々なフィールドで活躍するクリエイターとのコラボレーションによって「科学者の物語」を伝えることができないか、というコンセプトに基づいて始まったのが今回のプロジェクト「ELSI "Creators Meet Scientists(CMS)" Project」です。
本プロジェクトでは、キックオフワークショップ(研究者によるプレゼンテーション)として行われた今回のイベントから実際のアウトプット(来年2018年2〜3月を予定)までのすべての協働プロセスを公開し、多くの方々と幅広く共有していきます。表現の生成過程とコラボレーションのためのコミュニケーションそのものをメッセージとする、新しい形の――生成的な――「サイエンス&アート」にチャレンジしていこうという試みなのです。
今回のワークショップで研究内容を紹介したのは宇宙生物学の分野で活躍し様々なメディアからも注目を浴びる藤島晧介氏、「同位体」という強力なツールを携えて生命の起源に関する仮説を検証する中川麻悠子氏、惑星形成論の分野における第一人者である井田茂氏の3名。このプレゼンテーションを聞くため、以下9名の音楽、アート、舞台表現、映像、プロダクトデザイン、建築、ゲームなど多彩なフィールドで活躍するクリエイターが集いました。
オクダサトシ(舞台表現、コンドルズ)
環ROY(ラッパー、音楽家)
水口哲也(ゲームデザイナー)
KYOTARO(ドローイングアーティスト)
坂野充学(映像作家)
坪井浩尚(プロダクトデザイナー)
辰野しずか(プロダクトデザイナー)
浜田晶則(建築家、Aki Hamada Architects、チームラボ)
佐野文彦(建築家/美術家)
藤島皓介「宇宙における生命の起源、分布、未来の物語」
一番手として「宇宙における生命の起源、分布、未来の物語」という題でプレゼンテーションを行った研究者が、宇宙生物学(Astrobiology)を研究する藤島皓介氏。ELSIの他にアメリカのシリコンバレーにあるNASAのエイムズ研究所でも客員研究員を務めています。今回のプレゼンでは①生命の起源(いつ、どこで、どのように地球生命が誕生したのか?)②生命の分布(地球以外で生命が存在する可能性)③人類の今後(我々人間は、どこまで生命圏を広げていけるのか?)という三つの主題を軸にお話を進められました。
「199,341,377」という数字を聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。実はこの数字は、2017年2月時点で遺伝子情報としてデータベースに登録されている配列数です。つまり、約2億本の役に立つ可能性のある遺伝子を我々はアーカイブしているのです。これによって、我々生命が今後他の惑星に出て行くときも、それをサポートする技術が地球上でかなり多く手に入るといいます。「38〜40億年の生命の進化史の中で培ってきた遺伝子機能を総動員し、活かしていく。人間の宇宙進出は『Whole Earth Life』(=地球上の生命総体)で支えるべきなのです」(藤島)
生命の起源をたどるため、藤島氏は初期の地球環境を理解し、どのような化学反応から生命が誕生したのかを理解することが肝要だと語ります。生命の系統樹を持ち出しながら、生命に普遍的なルールとして紹介するのが「セントラルドグマ」と呼ばれる分子生物学の概念です。「セントラルドグマ」は、一見多様に見える生命も、その遺伝情報は「DNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質」の順に伝達されるという普遍的な規則に則っていることを主張します。興味深いのは、この複雑なシステムを私たちの祖先が30数億年前にすでに兼ね備えていたということです。また、地球生命の誕生に関しては、「膜系の中で地球化学のプロセスから有機物のポリマーによる化学反応への移行が完了したとき」だといいます。
最後のテーマで紹介されたのが「地球外に生命を探しに行く」ということ。その候補地になり得る場所の条件として、藤島氏が挙げたのが水の存在です。その例として木星の衛星「エウロパ」や土星の衛星「エンケラドス」が挙げられました。生命が誕生しつつある場所であることを確認するための一つの指標として、高分子の有機物であるポリマーを探しに行く必要があるといいます。探しに行く際には、その有機物を壊さずに捕まえるために、まだまだ技術的な工夫が求められるということだそうです。
中川麻悠子「生命の指紋~安定同位体分別~」
続いて登壇したのは、地球生物化学を専門にし、生命の起源に関する仮説の検証を行う研究をしている中川麻悠子氏。中川氏が「生命の指紋」を取るため、研究のツールとして使用するのが安定同位体比(stable isotope ratio)です。DNAなどが分解してしまう古い地質記録でどのような生物活動がどのような環境で行われていたのかを知るためには、元素や原子そのものの情報を取り出してみる必要があるといいます。そうした環境中の物質循環を解析する場合に有用なのが安定同位体比による解析だそうです。
安定同位体とは同じ元素でも異なる質量をもっているもののことをいい、炭素や水素などの元素においてみられます。安定同位体の存在比率(安定同位体比)は温度や生物活動などでわずかに変化しますが、直接の同位体比では違いが分かりにくいため、「国際標準物質」とよばれる物質の同位体比と比べた時の差を利用するそうです。標準より重いか、軽いかという差分を「デルタ値」で表現。対象とする化合物や元素によって分析法は多様で、取り扱う試料によって様々な前処理装置を使い分け、分析したい元素を含んだ化合物を気体状にします。
安定同位体比を変える現象(同位体効果)には二つの種類があるそうです。一つ目は「速度論的同位体分別」と呼ばれるもので、反応速度定数で定義。「感覚的には同じエネルギーの栄養ゼリーを飲めば細マッチョな人はすぐに走り出せても、メタボ気味な人はすぐには走りづらいといった感じで、軽い同位体の方が速く反応します」というユニークで分かりやすい説明をしてくださいました。もう一つは「平衡同位体分別」といい温度や相変化などの平衡定数で定義されます。
安定同位体比を測ることにより、①起源情報、②生成・分解反応情報、③物理情報の三種類の情報を得ることができるといいます。対象化合物の濃度情報に同位体比情報が加わることで、化合物濃度が変化した当時の生成過程や、さらにさかのぼって化合物の起源がどのように現在の状態に寄与しているのか明らかにできるということです。
ELSIにて生命の指紋を認証するため、以下のような研究手順を示してくれました。すなわち古い地層から試料を採取し、対象成分の抽出・精製を行う。次に当時の環境条件から予想される物理的な反応や現代の生態系や各微生物の化学情報を基にした同位体比データベースと照合し、対象成分がどのような非生物・生物反応で生成したのか解析。さらに解析時の未知数をより減らし、精度を良くするために新たな指標と分析法の開発にチャレンジしていきたいということです。
井田茂「第二の地球、地球たち(Earths)、ハビタブル惑星」
最後に登壇したのが惑星形成理論、系外惑星系・太陽系を専門に研究し、ELSIの副所長を務める井田茂氏。「第二の地球、地球たち(Earths)、ハビタブル惑星」と題してお話をしてくださいました。「Trappist-1」とは2月23日にNASAが発表した7つの地球サイズの惑星の発見で知られる太陽質量の0.08倍の重さのM型星です。そのうちの3つが今回のテーマでもある「ハビタブル(生命が住める)」であるということが話題になりました。もう一つ井田氏が冒頭に紹介したのが「プロキシマ・ケンタウリ」という去年発見された惑星です。こちらは太陽系のすぐ隣の恒星となります。
井田氏がクリエイターにも話が分かりやすいように最初に説明してくれたのが、「天空の科学」と「私の科学」というように科学を二つに大別するという考え方の枠組みです。天文学・物理学は理系の学問でありながらも、「無限と唯一への恐怖」や「自己(地球)中心主義からの解放」というように人の心理とも強く結び付くということ。また、もちろん科学は客観的・実証的なデータの積み上げによって解析を進めていくわけですが、出てきた結果をどう眺めるか、そこに触発されて何を考えるのかは人の心の部分だといいます。とりわけ地球外生命体の研究では一般人のみならず、研究者自身も揺れ動くことが不可避であるということが面白いところもであり難しいところでもあると説いてくれました。
「宇宙の果てはどうなっているのですか?」という質問をよく受けるとのことですが、現状の観測データから明らかになっていることは、「無限に続いているので、果てはない」ということだそうです。
また近年は技術の進歩に合わせ、猛烈な勢いで観測と発見が続いているといいます。20年ほど前までは太陽系のような惑星系はまさに「太陽系のみ」しか知られていなかったのに対し、現在ではなんと数千もの惑星系が観測されているそうです。長きにわたりサンプルが一つしかなかったものが、現在では無数に存在することが知られるようになった結果、研究の方法も根底から変わったのだといいます。一つの場合はあくまでもそれだけをベースにすれば良かったものの、バリエーションが増えたときに旧来までの思考方法やバイアスを一度アンラーニングする(これまで学んだことからいったん離れる)必要が出てくるからです。つまり、耳にすることの多い、太陽系は「唯一無二なる」や地球は「奇跡で恵まれた」惑星という形容詞は疑ってかかる必要がありそうだということに他なりません。
ここでもう一度科学を峻別して理解するべきだという話が浮上してきます。すなわち、一つは「私」に接続するようなタイプの科学で生物学、医学、脳科学、あるいは従来の地球科学などがこれに該当。一方で宇宙論や素粒子論は「天空」の科学。最近話題のヒッグス粒子も彼岸の科学に他なりません。ただし、系外惑星に関してはその両方が交じり合っていると言えます。「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」というゴーギャンの有名な言葉がよく引き合いに出されるのはそのためとも言えるのではないかと井田氏は指摘。たしかにこうした両方の立場の交錯はややこしさを生み出しますが、だからこそ研究対象を面白く、豊かにしている側面もあるのです。そのため、この二つを区別して考えることが重要なのだと井田氏は説いてくれました。
コラボレーションの可能性を探り、インプットを深めたサロン
3名のクリエイターからのプレゼンテーションが終わったあと、クリエイターと研究者により行われたサロン(交流会)。クリエイターはコラボレーションの可能性を探りつつ、プレゼンで気になった箇所や疑問を研究者にぶつけてインプットを深めました。
参加したクリエイターからは、
「素晴らしい機会でした。ワクワク、ドキドキしていて、いい表現ができるように思考を深めていきます」
「アーティスト側の戸惑いが逆に良いと思いました。とても面白い企画で、アイデアも山ほど出てきています」
「僕らからするとやや専門的すぎて、分からない部分も少なくなかったのですが、研究者の方々の情熱をひしひしと感じました。どんな表現になるか今から楽しみです」
などの創作に向けた予感を感じさせるような期待のコメント・感想が寄せられました。
本日は第一回目のワークショップということで、クリエイター向けのインプットの向きが強く、あくまでも創作に向けた第一歩です。今後さらにコミュニケーションを深めていきながら、回を重ねるごとに作品の輪郭が見えてくるのが期待されます。
次回以降は、今回とは立場を入れ替えてのクリエイターによるプレゼンテーション(6月)、研究者とクリエイターのマッチング(7月)、クリエイターによる作品のプレゼンテーション(9~11月)、協働制作(〜2018年2月)、展示開始(2018年3月〜)を予定しています。
長谷川リョー(ライター・編集)