EON(ELSI Origins Network)プロジェクトは、生命と地球の起源の解明を目指す研究者のグローバル・ネットワークの構築を目指す。
Donato Giovannelliポスドク研究員は、2014年に、ウッズホール海洋研究所の潜水調査艇アルビン号に乗り込んで海底までの2500mの旅に出た。アルビン号の厚さ8cmのチタン製の耐圧殻の中には、微生物学者のGiovannelli研究員の他に、海洋生物学者1人とパイロット1人がいた。目的地は、東太平洋海嶺沿いの赤道からすぐ北にある海底山脈だ。そこでは、熱水噴出孔にできる「チムニー」という煙突状の構造物から黒い熱水が吹き出し、先端が赤い巨大なチューブワームや白いカニや黄色いイガイが、熱水に含まれる栄養分で生きている。「私にとって、この経験は月に行くのに匹敵するものでした」と彼は言う。
Giovannelli研究員の目標は、熱水噴出孔の中に生息する好熱菌が、化学合成という過程により二酸化炭素を代謝して有機炭素を作り出し、高密度の生物群集を維持する仕組みを解明することだ。けれどもこうした研究は、単独ではなし得ず、生物学者、化学者、地質学者など、多くの分野の科学者と密接に協力していく必要がある。
2015年7月にEONで開催されたワークショップに参加した研究者たち。
多様な取り組み
Giovannelli研究員は、EON(ELSI Origins Network)プロジェクトの国際的な研究チームの最新メンバーの1人である。EONの目標は、生命の起源とそれを取り巻く環境をめぐる根源的な謎を解明するために研究者や研究機関が協力し合う、学際的なネットワークを構築することだ。EONは、東京工業大学地球生命研究所(ELSI)が米国のジョン・テンプルトン財団から550万ドル(約6億7000万円)の助成金を獲得したことによって、2015年に設立された。日本国内の86の国立大学が2013~14年度に海外から獲得した助成金の総額が500万ドルをわずかに上回る程度であったことを考えると、これがどんなに画期的なことであったかが分かるだろう。
EONのディレクターである天体物理学者のPiet Hutは、「EONに所属する研究者は、1つの研究機関に所属することの利点と、グローバルな仮想ネットワークに所属することの利点の両方を手にすることができます」と言う。EONは、さまざまな分野の研究者が定期的にELSIに集まって情報交換を行うことで思いがけない発見をすることができるように、いくつかの取り組みを導入している。
Giovannelli研究員は、「生命の起源をめぐる研究は、つい最近まで、ベテラン科学者の知的好奇心の対象でしかありませんでしたが、EONは、私のような駆け出しの若手科学者にも、こうした研究に参加する機会を与えてくれたのです」と説明する。もともと米国のラトガーズ大学に所属していた彼は、ポスドクのための二重所属プログラムを通じてEONに参加し、ELSIとラトガーズ大学の両方で研究している。「ELSIの研究者と研究内容の多様性は、私自身の研究の方向性に大きな影響を及ぼすはずです」。
EONの発案者である天体物理学者のPiet Hutディレクター。
南デンマーク大学のコンピューター科学者Jakob Andersenも、このプログラムに参加したポスドク研究員だ。彼は、生命の基礎化学過程をシミュレーションするコンピューターモデルを開発している。最近東京に引っ越してきたAndersen研究員は、「ほぼ毎日、昼食後やお茶の時間に、何のモデルを作ったら面白いだろうかと、ELSIの仲間たちと新しいアイデアを話し合っています」。米国エモリー大学のポスドク研究員である合成有機化学者のChristopher Butch研究員も、同じプログラムを通じてEONに参加した。彼は、遺伝情報が主にDNAにより伝達されるようになる前に存在していたと考えられている太古の「RNAワールド」が生じた過程を再現しようとしている。
南デンマーク大学から参画したポスドク研究員で、コンピューター科学者であるJakob Andersenは、EONの同僚との日々の議論から新たな研究テーマが見つかったという。
EONは、2年間のポスドクプログラムで10人の研究員を支援するだけでなく、ELSIに数カ月~1年間滞在するビジター研究者やインターンの受け入れ、ワークショップの組織、挑戦的なアイデアに対する5万ドルを上限とするシードグラントの提供などを行っている。
これまでのビジター研究者には、デューク大学の無機化学者Alvin Crumbliss教授、カオス理論を専門とする物理学者でバイオテクノロジー企業ProtoLife社の共同設立者であるNorman Packard氏、NASAのMary Voytek宇宙生物学プログラム長などがいる。EONでは研究者のためのウェブサイトを立ち上げて、研究者たちが関連付けられたプロフィールを見て、共通の関心分野について議論し、実際のコラボレーションまで計画できるようなプラットフォームの提供を始めた。Hutディレクターは、「新しい出会いから画期的な研究が生まれるようなネットワークを作りたいのです」と話す。
追記
2016年10月1日より、Henderson Cleavesが Director、Piet HutがCo-DirectorとしてEONを率いています。