Researcher's Eye 〜地球最大の謎に挑む研究者たち
系外惑星の
成り立ちを、
理論的に
解明する
観測と議論を重ねて惑星形成のプロセスを明らかに
「20年前であれば、惑星形成理論と言えば『太陽系の起源を解き明かすこと』が研究テーマでした。でも今は違います。太陽系以外の惑星...、いわゆる系外惑星の形成や進化の理論的な解明にも私たちは挑んでいます。系外惑星の数は確認されているだけで2,000、候補天体を含めれば5,000にも及びます。」
始まりから宇宙のスケールを感じさせる井田の言葉。銀河系には数千億もの恒星があり、その半数以上は恒星の周囲に数個の惑星が回る惑星系を形成していると予想されている。一般的に存在する惑星系だが、多様な面白さを見せる。観測によれば、太陽系の惑星の並びとまるで違い、恒星のすぐ近くに木星を超えるサイズの惑星があるものなど、様々な惑星系が発見されている。その成り立ちを解明しようというわけだ。
惑星系の謎を解き明かす。その手法として用いられるのはコンピュータシミュレーションと観測とのインタープレイだ。井田自身、惑星形成シミュレーションを軸に、様々な観測プロジェクトに参加し、世界中をアクティブに飛び回る。そのデータから遠い惑星の成り立ちが、鮮明に映し出されることもあるという。
「太陽系に関して言えば、例えば、隕石の中に含まれる元素の比率は、今では超微量分析などで精密に測ることができる。すると、隕石の元になった母天体は何か?それが生まれた年代はいつなのか?といったプロセスに関する重要な情報が見えてくるんです。太陽系という、ひとつの惑星系の形成モデルが構築できれば、その対比によって新たな惑星系の形成についても議論が進むんですよ。」
とは言え、惑星形成のプロセスは驚くほど多くの段階を踏む。巨大な木星も、元はガスや微粒子から生まれたものだ。だから井田の取り組みでは、μmから1万kmというスケールが全く違うものを、細かなステップに分け、それぞれに専門的な研究を進めている。地道な積み重ねがいつか巨大な成果に結びつく。惑星系の誕生に迫る長い道のりは、井田ら研究者の情熱によって支えられているのだ。
生命が生まれる惑星の条件を解き明かす
惑星系の誕生を探るために必要なもののひとつに、観測技術の発展があげられるだろう。国立天文台のTMTプロジェクトをはじめ、いま世界では次世代を担う超大型望遠鏡の計画や建設が世界的に進められており、井田もその完成に期待を寄せている。
「2020年代に30~40m級の望遠鏡が完成すれば、遠い惑星の分光観測も可能になります。大気の組成が明確になり、もしそこに酸素が確認できれば、光合成生物の存在を示せるかもしれません。ただし、あくまでも地球生命と似たものと仮定した場合の話です。最も難しいのは、『何を観測すれば生命の存在を断定できるのか』という点です。その方針がないと、観測したデータを活用することができません。であるからこそ、ELSIにおいて惑星を探る意義があり、また他分野との連携が生きてくるのです。」
その中で井田は今、生命が生まれる惑星の条件を探っている。ELSI内では、水の量が重要ではないかという議論も生まれている。その議論で着目されているのは水中の有機物の他、リンやナトリウムなどのミネラルだ。
「地球では海の中のミネラルは陸から供給されていて、それが生命の誕生に重要だったと考えられています。他の惑星でも、生命の誕生には陸地が必要となると、その惑星の水の量は制限されてしまいます。地球の海の質量は地球全体の0.02%に過ぎませんが、たとえば、0.1%だとしたら陸地が顔を出すことは難しくなります。まずは地球をモデルに、惑星に供給される水の量はどうコントロールされているのかを探ることが、生命の起源に対して惑星形成論からアプローチする糸口のひとつだと考えています。地球が形成された位置の温度であったり、あるいは周りの惑星の配置や動きについてなど、私の研究の延長線上で様々な議論を進めているところです。」
地球や惑星の形成を知ることで、生命の起源が見えてくる。あらゆる可能性の起点を発見できるのも惑星科学の面白さと言える。井田によって編み出される理論は、ELSIの中で重要な役割を担っている。
惑星の形成を独自のシミュレーションで理論化
観測から得た惑星系の情報を、より具体的な理論へと変えるのがコンピュータによるシミュレーションだ。しかし、原理的な天体力学や流体力学の計算だけで、何百万年もかかる惑星の形成を再現するのは、スーパーコンピュータでも不可能だ。井田は独自のシミュレーションモデルを構築することで、こうした課題の解決にも取り組んでいる。
例えば、天気予報の気圧配置図もコンピュータシミュレーションのひとつだが、どこの地形にどんな雲ができ、どれだけの雨粒を降らせるのかといった原理的な計算を積み上げて天気予報をすることは、できていないのが現状だ。そのため、雲ができるプロセスや海と大気の相互作用などパーツを、原理も考慮しながら実際のデータと組み合わせて、比較的簡単なモデルに落とし込んで組み合わせている。このような方法は「パラメーターライゼーション」と言われるものだ。
「作った後で気がつきましたが、同じような方法論で、実際の系外惑星のデータと直接に比較検討可能で包括的な惑星形成のモデルを作り上げました。惑星形成のひとつのパーツだけについて、原理にもとづいた精密な計算をしても、それが惑星形成全体にどう関わるのかがわからないので、観測データとは直接比較できません。だから小天体群の衝突や、惑星とガスとの相互作用などについての原理的な計算結果を見ながら、惑星形成のパーツごとにモデルをつくります。それらを統合化し、初期条件を与えることにより、そこに形成される惑星系を出力できるといった、惑星形成における包括的な理論モデルの構築が可能になるのです。」
こうした惑星形成モデルによって、生命が住む惑星の存在確率の推定が可能になっていくのだが、さらに、このようなモデルづくりの経験が生命の起源の研究そのものにも生かされる可能性がある。異分野の研究者が集まり、一人ひとりが自分の役割を果たす中で、また新たな地平が拓かれていく。ELSIの取り組みの魅力と意義はここにある。
「科学者は、特定の現象に対して興味を持って進んでいくタイプと、普遍性や必然性、偶然性などその中の法則を追究するタイプの2種類に大きく分かれます。地球科学や生命科学には前者のタイプが、物理学では後者が多いように思います。両タイプの科学者が共通の興味のもとに集まったELSIという世界でも類を見ない研究拠点の中で互いの強みをうまく活かすことができれば、地球と生命の起源という、人類にとって究極的な謎に対して、これまでにない新しいアプローチで挑んでいくことができると期待しています。」