Researcher's Eye 〜地球最大の謎に挑む研究者たち
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生命活動には水と大気のほかに鉱物(岩石)が必要
「2012年12月7日、地球生命の起源について研究を始めるべく、地球生命研究所は開所しました。その立ち上げから現在に至るまで、私は、一番重要な研究のポイントは、「現実に生命が生まれたのは地球である」ことだと思っています。生命が生まれる条件をそなえた惑星として、地球に勝る場が宇宙にそうそう見つかるはずがない。それよりも、実際に生命がこうして存在している地球にこそ、最初に目を向けるべきである。ここが出発点です。」
温厚な表情を崩さず、丸山はきっぱりと言った。地球という星には海があり、陸がある。十分な質量があるため適度な重力がある。地表を覆う大気は太陽エネルギーの影響を受けやすいくらいに薄く、そのため気象に変化をもたらす。地球は、生命が存在しうる諸条件が絶妙に揃っている惑星なのである。
丸山はこれまで、地質学や岩石学において280以上の論文を国際誌に発表。マントル内の大規模な対流運動に着目したプルームテクトニクスにより、1990年代以降の地球物理学に新たな方向性を示した。常に地球科学の研究を先導してきた一方で、地球温暖化など専門外の分野にも関心を示し、積極的な持論展開でオピニオンリーダーとして世間の注目を浴び続けている。その丸山が、自らの研究における集大成の意味も込めて力を注いでいるのが、「地球生命の起源を学際的に探る」ことだ。
古くから「生命を作る」試みの研究は無数にあり、生物学者らによりさまざまな研究成果が発表されてきた。だが、丸山によれば、それらの成果の多くは試験管の中の反応を見ることであり、しかも、生物の80~90%を構成する元素、炭素(C)、水素(H)、酸素(O)、窒素(N)を一つにしておけば、時間の経過とともに生命が生まれるだろうと、漠然と想像していたにすぎないというのだ。
「確かに、生命の活動にC、H、O、Nは不可欠です。OとHは水となり、CやNは大気となる。しかし、実は生命維持のための大事な要素が抜けています。生物の栄養源である、リンやカリウムといった元素です。ただ、これらは『石』にしか含まれていないため、そのままでは摂取できません。石は地表で雨に砕かれ、川に運ばれて海に行き着きます。その過程でどんどん小さくなり、最終的にはイオンになって水に溶け込むことで、摂取可能になるのです。」
丸山は、これら生命活動に不可欠な3つの要素、水、大気、岩石が共存し、太陽の下で物質循環が継続する環境をハビタブル・トリニティ(Habitable Trinity)と命名し、研究の基礎に据えている。
ボトムアップ型の複雑な合成反応から初期生命にアプローチ
生命活動を行うためには「水」「大気」「岩石」の3要素が必要なことはわかった。しかし、地球がどれだけ特殊な存在かについて、もう少し説明する必要がある。
現在の海は平均3,800mぐらいの深さがある。ところが、あと1万m水面が高かったら、地球から陸が失われる。もし地球が海だけに覆われていたとしたら、雨が石を砕き摂取可能な栄養分を供給することができない。しかし、地球には海があり、陸地がある。さらに陸には数百種類に及ぶ石があって、実に1万以上の異なる表層環境が現在でも存在している。試験管に置き換えれば、1万本以上の実験環境が用意できるわけだ。
「異なる環境でできた試験管AとBを合わせてCという『場』を作ります。そのCを過去の実験データと照らし合わせていけば、『これはこういう場でできる』となる。こうして簡単な有機物から複雑な有機物を作っていくことで、ボトムアップ型の複雑な合成反応が可能になるでしょう。具体的には、もっとも重要な化学反応式が数十以上あるので、それらをもとに原始地球の表層環境を実験室で復元しようというのが、一つ目の大きな計画です。」
すでに、研究環境は整っている。そして何よりも、ELSIは生命誕生の「場」の復元に世界で一番近い位置にいるという自信がある。あとは実験を積み重ねていけば、着実に研究の最前線を走ることができるというのが、丸山の目論見である。
生命が誕生した頃に似た環境に生息する微生物
しかしながら、ボトムアップの実験だけでは「スピード感に欠ける」ことも事実だ。そこで「トップダウン型」のアプローチも並行して進めている。
地球が生まれた直後に地球の表面に大量にあった岩石は、現在の地球表層にはほとんど残されていない。しかし、オーストラリアやアフリカなどに、当時と似た環境を有する場所が残されている。日本列島にも10カ所程度あって、丸山らの研究グループは、2014年初頭にそのうちの一つ、長野県白馬地域の温泉で、無機的な化学反応によって生命のもととなる炭化水素が合成されていることを突き止めた。だが、このとき丸山らはもう1つ大きな収穫を得ていた。
「実は、生命が誕生した頃の物理化学的な環境をそのまま残している場には、その環境に適応した微生物が存在するんです。微生物のゲノム研究者である黒川教授(ELSI副所長)らによって、白馬の温泉には、正体不明の特殊な微生物がいることが判明しました。現在、ゲノム解析をほぼ終えています。今後はそれらの情報をもとに、生命の3つの定義である『膜』『代謝』『自己複製』について解析し、冥王代類似環境微生物を使った『半人工生命実験』を世界に先駆けて進めていけば、有意義な成果が得られると考えています。」
専門外の分野に飛び込む勇気
ELSIのミッションである「生命の起源」を探るべく研究を進めるにあたっては、天文学、惑星科学、地質学、生物学、化学といった分野の垣根を超え、学際的な視点で物事を見る必要がある。それぞれの分野で経験を積んだトップクラスの専門家が集うELSIで、これまで誰1人として行き着いたことのないゴールを射止めるために、メンバー一人ひとりがどのような心構えで取り組めばよいのか、最後に丸山に尋ねてみた。
「『学際的研究』と口で言うのは簡単ですが、実際にはなかなかできるものではありません。でも、そこは勇気を持って飛び込むこと。つまり『ひとり学際研究』の視点がとても重要なのです。例えば、他の専門分野に素人である私が入り込んで論文を書く。それくらいの気概がないとうまくいかないんです。しかも1人ではなく、全員がそういう気持ちを持って臨まないと、目的達成なんてできない。逆に言えば、そういうことをできた例が過去にほとんどない今こそがチャンスなんです。こうした勇気を持つことで、みんなが一つになれると信じています。」