ELSI

研究・活動

Researcher's Eye 〜地球最大の謎に挑む研究者たち

牧野 淳一郎

計算技術の
向上で宇宙と
地球の謎解明に
光明を

牧野 淳一郎教授

超高速計算機を活用して天文学のさまざまな謎に挑む

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「マントル内部の対流の流れを計算するのに、スーパーコンピュータでどのくらいかかると思いますか? 実は、正確にシミュレートしようとすると、演算速度が毎秒1京回(10ペタフロップス)を誇る「京」を使っても100年くらいかかってしまうんです。」気の遠くなるような数字が、牧野の口から発せられた。

例えば、地震波もシミュレーション可能な時間分解能、つまり5分ごとの地球の状態を1ステップとして、それを現在から地球の誕生時まで計算するとした場合、9億6000万ステップ行わなければならないことになる。1ステップだけでも膨大な計算時間が必要なため、100年という途方もない数字が見積もられてしまうのだ。

牧野の専門は天文学であり、主にスーパーコンピュータ(超高速計算機)による計算機シミュレーションや、そのためのソフトウェアの開発、数値計算アルゴリズムの研究に携わっている。対象範囲は宇宙形成のレベルから、分子動力学を用いた研究までと幅広い。

この他、現在は、理化学研究所が主導する「京」後継機の開発にもかかわっているという。

「従来のスーパーコンピュータでは成し得なかった複雑かつ大規模なシミュレーションをできるようになればうれしいですね。」

複雑な要素もモデル化できるスパコンの開発が急務

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スーパーコンピュータも一般のパソコンも、CPUやメモリなどの部品や動作原理は基本的に変わらない。簡単に言えば、パソコンを1万台~10万台レベルで超高速通信回線でつないだものがスーパーコンピュータである。したがって、その性能を加速させたければ、原理的には、部品の性能を向上させると共に数を増やし、これらを接続する通信回線を太く、多くすれば良いということになる。しかし、より精度の高いシミュレーションを可能にするためには、別の問題があるのだ。

「大規模計算機は、ここ50年ほどの間、10年毎に約100倍速くなってきています。一方で、半導体技術の進歩については、あと10年以内に頭打ちになるのではないかという見方もあるんですね。そのような視点から、今後はもう少し別の観点から工夫して計算機を作ろうといった動きも出てきています。」

性能的には、これまでのスパコンではうまく解くことができなかった部分まで、高精度で解析できるようにするところを指標にしている。前述のマントル対流のシミュレーションでも、計算精度を上げるには、例えば大陸プレートの下に沈み込んだ海洋プレートが運んでくる海底の沈殿物による影響など、複雑な要素までモデル化する必要がある。一方、生命の研究でも、細胞膜と膜タンパク質についての"挙動"を迅速かつ綿密にモデル化できるようにすることが、研究ツールとしての大きな課題であると牧野は言う。

タンパク質のシミュレーション専用にアメリカのあるグループが開発した特殊な計算機を使っても、1ミリ秒(1000分の1秒)あたりの計算をするのに1年程度の時間を要します。「京」だとさらにその100倍、100年もかかってしまうんですね。そうした問題にも対応しながらより速く、より正確に計算ができるようにするためには、計算機プロセッサ(処理装置)のアーキテクチャーから見直したものを開発する必要があるだろうと。こうした考えに基づいて、「京」や「TSUBAME」とはまた違った構造を備えた次世代計算機を開発しようということで、現在、企業ともコラボレートしながら研究を進めているところです。」

地球外生命と出会える日を夢みて 

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地球生命の起源を探るという目的のほかに、ELSIでは地球外生命の発見にも目を向けている。当然、天文学者である牧野の視線は、そちらにも注がれている。

最初に太陽系以外の惑星(系外惑星)が発見されたのが1992年で、以後20年間で1千個以上の惑星が見つかっています。そのほとんどが木星のようなガス惑星なのですが、鉱物で組成されているいわゆる地球型惑星についても、宇宙空間に普通に存在することがわかっています。そうなると、次はそれらの惑星の表面がどうなっているか、さらには生命体がいるのかという分析が求められるわけです。」

現在ELSIの研究チームでは、惑星表面の組成や状態を知るための手法として、望遠鏡による分光観測を行っている。対象とする系外惑星の明るさや反射率を測定し、それを分光の波長に対するグラフにすることで、惑星の表層環境を再構成しようというのだ。

「まだ先の話であり想像の範囲を超えるものではありませんが、もしかしたら、地球の生命とは異なる生命体がこの宇宙空間のどこかの惑星に存在するかもしれません。そういった地球外生命の情報をキャッチして、コンピュータの中で人工的に作ることができるようになれば、宇宙に対する夢がさらに広がりますね。」

最後に、ELSI、そして自らの研究について、牧野に総括してもらった。

「地球の形成・進化の研究分野においては、東工大は世界でも最先端を走っていますし、生命の起源を探るというELSIのミッションに関しても、大きな成果が期待されます。ただ、その方向性を探るにあたっては、5年くらいかけてさまざまなシミュレーションを行い、モデルを作ることが先決と考えます。計算機の高速化は、こうしたモデル化に少なからず貢献してくれるものになるはずです。」