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生命誕生のカギの一つは深海底のメタルが握っている

<プレスリリース>

-深海熱水噴出孔で有機物が生成する新たなメカニズムを提案-

kitadai_figure 1.png図1. 還元型アセチルCoA経路と逆クエン酸回路。初期生命はこれらのCO2固定代謝システムを利用して、生体分子を合成していたと推定されている。生命発生には特にCO2からα-ケトグルタル酸までの反応ステップが重要であり、このステップを実現した初期地球環境を特定すべく、世界中で多くの科学者が研究に取り組んでいる。

【要点】
● 地球形成初期の深海熱水噴出孔では、硫化金属の沈殿物が電気還元されてメタルに変化していた。
●硫化金属とメタルの複合体は、生命発生に不可欠な有機化学反応を促進する。
●メタルの生成、及びその表面で促進される有機合成プロセスは、地球形成初期の海洋底で幅広く進行していた。

【概要】
東京工業大学 地球生命研究所(以下ELSI)の北台紀夫アフィリエイトサイエンティスト(兼 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(以下JAMSTEC) 研究員)、中村龍平教授(兼 理化学研究所 環境資源科学研究センター チームリーダー)、物質理工学院 応用化学系の吉田尚弘教授(ELSI主任研究者)、JAMSTEC の山本正浩研究員、高井研分野長(兼 ELSIフェロー)、イリノイ大学の大野克嗣教授からなる研究グループは、初期海洋底の噴出孔から吹き出る熱水の化学エネルギーを生体分子の合成に活かす、有効なメカニズムを提案しました。

深海熱水噴出孔環境は、地球生命が誕生した可能性が最も高い場所として注目されています。しかし、このような環境で生命の原材料である有機化合物が作り出されるメカニズムはまだよく分かっていません。今回、研究グループは、初期海洋底の熱水噴出孔環境で生じていたと推測される電気化学反応場を室内実験で再現し、噴出孔の代表的な構成鉱物である硫化金属(鉄・銅・鉛・銀の硫化物)が電気還元によってメタルに変化することを実証しました。さらに途上で生じる硫化鉄と金属鉄の複合体が還元剤及び触媒となって、生命発生に不可欠な複数の有機化学反応を促進することも発見しました。

深海熱水噴出孔環境では電流の発生(熱水発電)が普遍的に生じています。一方、最近の観測によって、土星や木星の衛星(エンケラドスやエウロパ)や、形成初期の火星における活発な熱水活動の証拠が見つかるなど、深海熱水噴出孔は太陽系に遍在しています。

今回の研究では、熱水発電によって生命の原材料となる有機化合物が生じるという、熱水のエネルギーを駆動力とした新たなメカニズムを突き止めました。今後、このメカニズムに対する金属の種類や電位条件の影響についての系統的な研究から、生命を生み出しうる環境条件の一端が明らかになり、宇宙における生命の普遍性や類似性を理解するための科学的基盤の構築につながると期待されます。

なお、本研究成果は日本時間2019年6月20日午前3時(米国東部標準時2019年6月19日午後2時)公開のScience Advances誌の電子版に掲載されました。

●背景
深海熱水噴出孔(用語1)環境は地球生命が誕生した可能性が最も高い場所として注目されています。生物の系統学的・比較生理学的研究から、初期の生命は、このような環境で、還元型アセチルCoA経路や逆クエン酸回路(用語2)(図1)というCO2固定代謝システムを使って生体分子を合成する、独立栄養生物であったと推定されています(※参考資料1)。この考え方は、2017年に東京大学の研究グループにより実施された、太古代初期(39.5億年前)の微生物化石の同位体分析とも適合します(※参考資料2)。では、この始原的なCO2固定システムは、地球形成初期の深海熱水噴出孔環境でどのようにして始まったのでしょうか? それを再現するために、これまでCO2や有機化合物を熱水や岩石と共に煮たり、流したり、混ぜたりする実験が数多く行われてきました。しかしどの手段を使っても、CO2固定システムに関する有機化学反応はほとんど進行せず、有効な方法は見つかっていませんでした。

最近、JAMSTECの研究グループは、海洋調査船「なつしま」と「かいよう」を利用した沖縄トラフ深海熱水領域の電気化学計測を行い、熱水噴出孔を中心とした岩体を流れる電流の存在を確認しました(※参考資料3)。熱水と海水との間には電位差があり、熱水は低く海水は高い、という関係にあります(図2)。また、噴出孔や周囲の岩体は、硫化金属などの導電性が高い鉱物を多分に含んでいます。さらに硫化金属は、熱水に溶存する水素(H2)や硫化水素(H2S)が酸化して電子が生じる反応を触媒する性質を持ちます(例:H2S → S + 2H++ 2e-)。このため、噴出孔の内側で生じた電子が、熱水と海水との電位差に沿って、導電性の高い鉱物を通じて噴出孔の外側に移動することで、電流が流れます。このような熱水噴出孔近傍における電流の発生(熱水発電)をもたらす条件(1. 熱水と海水との間に電位差がある、2. 噴出孔が硫化金属から構成される、3. 熱水中に水素や硫化水素が含まれる)は、いずれも深海熱水環境に普遍的に見られる特徴であり、熱水発電は海洋底で幅広く、さらには時代を通して発生してきたと考えられます。


kitadai_figure 2.jpg図2. 地球形成初期の深海底に幅広く分布していたと推定される、熱水噴出孔の概念図。熱水に含まれる水素や硫化水素は噴出孔の内側で酸化され、生じた電子が熱水と海水との電位差に沿って噴出孔の外側に流れることで、定常的な電流が発生する(熱水発電)。一方、海水へ放出された熱水中の硫化水素は、海水中に含まれるFe2+などの金属イオンと反応し、硫化金属の沈殿物を生じる。この沈殿物が噴出孔と海水との境界面で電気還元することで、硫化金属とメタルとの複合体(PERM)が生成していたと想像される。本研究では、このような過程で生じたPERMが、生命発生に不可欠な有機化学反応を促進することを室内模擬実験で実証した。

●研究の経緯
研究グループは、熱水発電が生命誕生に果たした役割を明らかにするため、硫化金属の触媒能や導電性などの電気化学特性を調べてきました。一方、2017年に、フランス ストラスブール大学の研究グループによって、逆クエン酸回路内の一部の反応が純金属(金属鉄など)によって促進されるという実験結果が報告されました。もし初期の地球上のある特定の場所に、純金属を継続的かつ豊富に供給し続けるシステムがあれば、そのような環境は生命誕生に非常に有利だったかもしれません。しかし純金属は現在の地球上にはほとんど見られず、この状況は地球形成初期(41~42億年前)でも同様で、少なくとも地球規模では微量な存在であったと考えられます。

一方、初期海洋にはFe2+などの金属イオンが豊富に含まれていました。これら金属イオンは深海熱水噴出孔から放出される硫化水素と反応し、硫化金属の沈殿物を生じていたと考えられます。さらに熱水発電(図2)を考慮すると、この沈殿物は噴出孔と海水との境界面で低い電位に長期間さらされたはずです。では、この過程で硫化金属がメタルへと電気還元され、その表面で生命発生に不可欠な有機化学反応が促進された可能性はあるのでしょうか?この可能性を探るべく、本研究は以下の室内模擬実験を行いました。

●研究成果
今回、研究グループは、初期海洋底の熱水噴出孔環境で生じていたと推測される電位条件を再現した反応容器内で、噴出孔の代表的な構成鉱物である硫化金属が電気還元して、メタル化する可能性を検証する実験を行いました。その結果、鉄・銅・鉛・銀を含む硫化金属が、数時間~数日のスケールでそれぞれのメタルへと変化することが観察されました。例えば硫化鉄(FeS)は、-0.7 V (対標準水素電極電位(用語3);以下ではこの基準を使って電位を表記する)よりも低い電位で、次第に金属鉄(Fe0)へと変化しました(FeS + 2H++ 2e- → Fe0 + H2S)。

さらに、この実験で生じた硫化鉄と金属鉄の複合体(FeS_PERM)(用語4)が還元剤及び触媒となって、逆クエン酸回路内の一部の反応を含む、生命発生に不可欠な化学反応を促進することを発見しました。図3に、硫化鉄を-0.7 Vで1週間電気還元して生成したFeS_PERMを、数種の有機化合物の水溶液と混合し、室温で2日間攪拌した結果を示します。まず、逆クエン酸回路の一部である、オキサロサク酸のリンゴ酸への還元反応(図3a)は、約40%の収率(用語5)で進みました。興味深いことに、同様の実験を電気還元前のFeSやFe0(市販の純ナノ鉄粒子)を使って行ったところ、オキサロ酢酸の脱炭酸が卓越し、リンゴ酸は全く生成しませんでした。また、逆クエン酸回路内の有機酸(ピルビン酸・オキサロサク酸・αケトグルタル酸)やグリオキシル酸にアンモニアを付加してアミノ酸を合成する反応も(図3b-e)、FeS_PERMが存在する条件では高い収率で進み、特にアラニン、グルタミン酸の生成は90%以上の収率になりました。いずれの反応でも、FeS_PERMをFeSやFe0に置き換えると、目的生成物の収率が大きく下がる結果となりました。その他、FeS_PERMによる促進が確認された反応には、フマル酸→ コハク酸、硝酸→ アンモニアがあります。

-0.7 Vという電位は、現在の地球で活動中の熱水噴出孔環境でも観測されている、天然で実現可能な値です。また、形成初期の地球はマントルの温度が高く、海底の熱水活動は現在よりも約10倍活発であったことなどから、-0.7 Vやそれ以下の電位を生じる熱水噴出孔が遍在していたと推測されます。このため、初期海洋底では、今回の実験で示された鉄・銅・鉛・銀を含む硫化金属のメタル化や、その結果生じたPERMが促進する有機化学反応が幅広く進行し、生命の発生を大いに後押ししたと考えられます。

kitadai_figure 3.jpg図3. 硫化鉄の電気還元(-0.7 V、一週間)で生じた硫化鉄と金属鉄の複合体(FeS_PERM)が促進する有機化学反応(一部抜粋)。実験では、各種有機酸の水溶液(5 mmol L-1、1.5 mL)を100 mgのFeS_PERMと混合し、室温で2日間攪拌した後に生成物を分析した。pH条件は反応(a)では6.5、反応(b-e)では9.6。比較として、電気還元前のFeSやFe0(市販の純ナノ鉄粒子)を使った実験の結果も示す(それぞれ青色、オレンジ色の横棒)。

●今後の展開
熱水発電は深海熱水噴出孔環境で生じている普遍的な現象です。一方、最近の観測から、土星の衛星エンケラドス、木星の衛星エウロパの内部海に活発な熱水活動があることが予想され、さらには火星では初期海洋底からの熱水噴出を証拠づける地質記録が数多く見つかるなど、深海熱水噴出孔が太陽系に遍在していることが示されています。

今回の研究では、熱水発電によって生命の原材料となる有機化合物が生じるという、熱水のエネルギーを駆動力とした新たなメカニズムを突き止めました。今後、このメカニズムに対する金属の種類や電位条件の影響についての系統的な研究から、生命を生み出しうる環境条件の一端が明らかになり、宇宙における生命の普遍性や類似性を理解するための科学的基盤の構築につながると期待されます。

【用語説明】
(用語1)深海熱水噴出孔:海底の地下深くでマグマ活動などにより熱せられ,上昇してきたれた熱水が噴出する穴のこと。深海では圧力が高いため、300 oCを超えるような熱水も蒸発しない。熱水中には、海底下の岩石が変質することで生じた様々な物質(水素や硫化水素を含む)が溶け込んでいる。
(用語2)還元型アセチルCoA経路と逆クエン酸回路:環境中のCO2を炭素源にして生体分子を合成する代謝システムのこと。深海熱水噴出孔などに生息する微生物の一部がこれらを使って活動している。
(用語3)対標準水素電極電位:電位を表す際に利用される基準の一つ。1気圧の水素ガスが,pH = 0の条件で酸化する(H2 → 2H+ + 2e-)際の電位を0 Vと定めている。
(用語4)PERM:Partially Electro-Reduced to Metalの略称。初期海洋底のアルカリ熱水噴出孔環境では、硫化金属が部分的に電気還元されPERMが生じていたと考えられる。
(用語5)収率:化学反応において、理論的に得られるはずの量と、実際の反応で得られた量の割合。

【参考資料】
(1) プレスリリース『生命誕生に迫る始原的代謝系の発見』 http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20180202/
(2)プレスリリース『地球最古の海洋堆積物から生命の痕跡を発見!』
https://www.oa.u-tokyo.ac.jp/news/2017/10/004640.html
(3)プレスリリース『深海熱水系は「天然の発電所」』 http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20170428/

【論文情報】
掲載誌:Science Advances
論文タイトル:Metals likely promoted protometabolism in early ocean alkaline hydrothermal systems.
著者:N. Kitadai, R. Nakamura, M. Yamamoto, K. Takai, N. Yoshida, Y. Oono
DOI:10.1126/sciadv.aav7848

【問い合わせ先】
国立研究開発法人 海洋研究開発機構 研究員
東京工業大学 地球生命研究所 アフィリエイトサイエンティスト
北台 紀夫(きただいのりお)
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TEL: 046-867-9708 FAX : 046-867-9715

【取材申し込み先】
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