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生命の起源をシミュレーションする

シミュレーションを武器に、生命をめぐる最大の謎の一つに取り組む

 ある仮説によれば、地球上に初期の生命が誕生するための重要な一歩は、太陽の熱で干上がったり雨で満たされたりを繰り返す原始の池の中で始まった可能性があるという。
 東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)の研究者は、そうした仮説上の池の中にあった単純な化学物質が、蒸発と降水のサイクルにより一種の自然淘汰を受けたことが、生命の誕生につながったのではないかと考え、検証を進めている。
 生命をめぐる最大の謎の一つは、最初の生命はどのようにして誕生したのかという問題である。今日の細胞は、DNAやRNA(注1)やタンパク質を利用して、生命体を形作るのに必要な情報を貯蔵したり入手したりしている。ELSIで生命の起源について研究する複雑系科学(注2)者のNicholas Guttenberg研究員は、「これほど複雑な系が無から一足飛びに進化してきたはずはありません。どういった経路で誕生したのでしょうか」と言う。
 生命の起源に関するこれまでの研究を見ると、「自己複製(注3)する単純な化学物質を見つけることは比較的容易に思われました」とGuttenberg研究員。しかし、こうした系は世代から世代へと「進化」することはできないように見えた。「そこで私たちは、これらがなぜ進化しないように見えるのか、そして、進化させる解決策を明らかにしようと考えました」。
 Guttenberg研究員らは、コンピューター・シミュレーションと実験室での湿潤実験を組み合わせることによって、湿潤と乾燥、凍結と融解などの二つの異なる状態を交互に繰り返す系が、次の段階の進化を促す役割を果たした可能性を調べている。
 あるコンピューター・モデルでは、化学物質同士がDNA塩基対のようにペアを作ることにより、二つの状態間の繰り返しを生き抜く可能性を探っている。ペアを形成した化学物質は、系から洗い流されるのを免れ、湿潤と乾燥のサイクルの中で徐々に蓄積していく。つまり系は、時間とともに、これらの化学物質を「記憶」していくのである。
 Guttenberg研究員によると、このようにして選択された化学物質の顔ぶれは時間とともに徐々に変化し(「進化し」と言ってもよい)、新たなレベルの複雑さを獲得するという。
 「これらの系は、情報を記憶する能力を少しずつ獲得していったのです。無からいきなり完璧な記憶力を持って生まれてきたわけではありません。現時点でやるべき最も重要なことは、自己複製するだけの単純な系から本格的なRNA-DNA複製までの間のグレーゾーンを明らかにすることだと思います。おそらくそこから進むべき方向性が見えてくるでしょう」とGuttenberg研究員は語る。

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ELSIのNicholas Guttenberg研究員は、初期の生命は、太陽の熱で干上がったり雨で満たされたりを繰り返した原始の池の中で誕生した可能性があると考えている。

Nicholas Guttenberg研究員は現在はAraya Brain Imagingに所属しています。地球生命研究所のAffiliated Scientistとして、生命起源に関する研究にも積極的に参画しています。

(注)

1)RNA:リボ核酸。Ribonucleic acidの略。リボースを糖成分とし、全ての生物に含まれる重要な核酸である。ほとんどがアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、ウラシル(U)という4種類の塩基成分によって構成される。

2)複雑系科学:多くの構成要素からなり、要素の一部が全体に、全体が一部に影響し合って複雑に振る舞う系を複雑系といい、こうした系を数理モデルなどの手法を用いて研究する学問分野。

3)自己複製:生命は、自身を複製(コピー)する能力を持つ。地球最初の生命体はRNAを遺伝情報としていて、RNAは自身を複製していた可能性があると考えられている。