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研究ハイライト

葉緑体が植物の成長を制御する新たな仕組みを発見 -細胞内共生した細菌の宿主細胞制御戦略-

要点

●約25億年前に光合成細菌が細胞内共生して誕生した葉緑体は、細菌の遺伝子発現・代謝調節システムを保持している
●そのシステムは、植物の成長・栄養応答を統括的に制御していることが判明
●生物進化における細胞内共生の解明、貧栄養耐性植物の開発に直結

概要

東京工業大学バイオ研究基盤支援総合センター/地球生命研究所の増田真二准教授らは、葉緑体が植物の成長・栄養応答を制御する新たな仕組みを発見した。この仕組みは、葉緑体の祖先であるシアノバクテリア(用語1)が細胞内共生(用語2)した際に植物細胞にもたらされたもので、その後、宿主である植物の成長をコントロールするシステムとして進化したことを明らかにした。
実際にその仕組みを強化すると、植物が大きく育ち、貧栄養応答も改善された。この制御機構のさらなる解明は、生物進化における細胞内共生のインパクトを明らかにするだけでなく、貧栄養耐性植物の開発に直結する。

研究成果は11月9日発行の英国ネイチャー出版グループの「ネイチャープランツ(Nature Plants)」誌に掲載された。

研究の背景と経緯

細菌には、緊縮応答(用語3)と呼ばれる遺伝子発現(用語4)・代謝制御機構が普遍的に存在することが知られている。緊縮応答は、飢餓応答/温度適応/抗生物質耐性/病原性などに関与する細菌にとって必須の環境応答機構である。
近年のゲノム(用語5)解析の進展により、緊縮応答に関与する遺伝子が、植物や動物といった真核生物(用語6)のゲノムに保存されていることがわかってきた。しかし真核生物における緊縮応答の機能はよくわかっていなかった。

研究内容

増田准教授らは、モデル植物シロイヌナズナを用いて、植物における緊縮応答の役割を調べた。まず緊縮応答を担うタンパク質はすべて、葉緑体で働いていることを明らかにした。それらの遺伝子は、シアノバクテリアのものと似ていることから、葉緑体がシアノバクテリアの細胞内共生によって誕生した際に植物細胞にもたらされたと考えられた(図1)。

masuda01.jpg図1:細胞内共生で誕生した葉緑体とミトコンドリア
(A)葉緑体とミトコンドリアはそれぞれ、シアノバクテリアと紅色細菌(プロテオバクテリアとも呼ばれる)が細胞内共生して誕生したと考えられている。(B)緑色蛍光タンパク質(GFP)で光らせたタマネギ表皮細胞内の葉緑体(タマネギ内では葉緑素を持たないので通常プラスチドと呼ばれる)とミトコンドリア。

緊縮応答を過剰に引き起こす組換え植物体を作出したところ、葉緑体の遺伝子発現や代謝産物量が減少していた。また葉緑体のサイズも小さくなっていた(図2)。このことから、葉緑体で行われる緊縮応答は、葉緑体の機能を全体的に抑制することがわかった。

緊縮応答が過剰となった植物体は、通常条件下において、野生型の約1.5倍の大きさに成長した。貧栄養条件で育てると、野生型は枯死するのに対し、組換え体は緑を保ちつつ光合成を継続した(図2)。

masuda02.jpg図2:緊縮応答強化植物の表現型
緊縮応答を過剰に引き起こす組換え植物体は、通常条件において、葉緑体のサイズは減少するが、個体は大きく育った。この組換え体を窒素欠乏条件下に曝すと、緑色を保ち、光合成を継続した。

 近年、マックスプランク研究所(ドイツ)のグループが、葉緑体で作られるデンプンやアミノ酸などの代謝物が少ない植物体は、個体のサイズが有意に大きい傾向にあることを報告した。これらのことから、植物型緊縮応答は、葉緑体の遺伝子発現や代謝などを調節することで、植物の成長を統括的にコントロールしていると考えられた。

今後の展開

今回の研究により、植物における緊縮応答の生理的役割が明らかとなった。これを足掛かりに、動物における緊縮応答の存在の有無、その応答の詳細、栄養飢餓応答との関わりなどの研究が進むものと期待される。一方、葉緑体における緊縮応答は、どのような環境要因により、どのように引き起こされるのかはわかっておらず、今後その点を明らかにする必要がある。それらの情報は、貧栄養耐植物の開発に応用できると考えられる。

【用語説明】
(注1) シアノバクテリア: 光合成を行う細菌の一種。葉緑体はシアノバクテリアが動物細胞に細胞内共生してできた細胞内小器官と考えられている。
(注2) 細胞内共生(説): 外界の生物が、細胞内に入り込み、その細胞内の小器官となる(なった)こと。植物細胞の葉緑体はシアノバクテリアが、動植物細胞のミトコンドリアはプロテオバクテリアが細胞内共生したものとする考えは現在定説となっている。
(注3) 緊縮応答: 細菌に普遍的に保存された環境応答機構。グアノシン4リン酸の合成と分解を介して遺伝子発現や代謝関連酵素群の活性が調節される。
(注4) 遺伝子発現: 遺伝情報からタンパク質が作り出される過程を指す。すなわち、遺伝子の実体DNAからRNAが合成され、RNAからタンパク質が作られる一連の過程を指す。
(注5) ゲノム: 遺伝子(DNA)にコードされた遺伝情報全体を指す。
(注6) 真核生物: 動物や植物など、核をもつ細胞からなる生物。

【論文情報】
掲載誌: Nature Plants
論文タイトル: Impact of the plastidial stringent response in plant growth and stress responses
著者: Mikika Maekawa, Rina Honoki, Yuta Ihara, Ryoichi Sato, Akira Oikawa, Yuri Kanno, Hiroyuki Ohta, Mitsunori Seo, Kazuki Saito, Shinji Masuda
DOI: 10.1038/nplants.2015.167

【付記】
本研究は、科学研究費補助金 新学術領域研究「植物の環境感覚:刺激受容から細胞応答まで」(領域代表者:長谷あきら京都大学教授)と最先端研究基盤事業「植物科学最先端研究拠点ネットワーク」の支援を受けて実施した。

【共同研究グループ】
本研究は、山形大学農学部及川彰准教授、東京工業大学大学院生命理工学研究科太田啓之教授、理化学研究所環境資源科学研究センター瀬尾光範ユニットリーダー、千葉大学大学院薬学研究院斉藤和季教授と共同で実施した。

お問い合わせ

【問い合わせ先】

東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター准教授 増田真二
Email: shmasuda@bio.titech.ac.jp
TEL: 045-924-5737
FAX: 045-924-5823

【取材申し込み先】

東京工業大学 広報センター 
E-mail: media@jim.titech.ac.jp
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