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研究ハイライト

高等植物の雄しべ発達過程を制御する植物ホルモン輸送体を発見

ポイント

◆高等植物の形づくりの過程で植物ホルモンが適切なタイミングで作用する
◆高等植物の雄しべの正常な発達を制御する植物ホルモンの輸送体タンパク質を発見
◆植物ホルモンによる花の発達過程の制御機構を分子レベルで明らかにすることが可能に

概要

東京工業大学生命理工学研究科の斉藤洸大学院生、生命理工学研究科/地球生命研究所の太田啓之教授らと東北大学、理化学研究所の共同研究グループは、高等植物の雄しべの正常な発達を制御する植物ホルモン(用語1)の輸送に「GTR1」という輸送体タンパク質(用語2)が関わっていることを発見した。
モデル植物のシロイヌナズナの遺伝子発現データ解析により植物ホルモン輸送体候補を選び出し、その輸送体の機能が失われた植物体を詳細に解析した結果、雄しべの形成不全が起こることを明らかにした。この植物体に外部から植物ホルモンを与えることで、雄しべの生育が回復することから、この輸送体は生体内で植物ホルモンの輸送に関わることを確認した。この輸送体は植物の食害・病害応答物質の輸送を行うことが知られていたが、植物ホルモンの輸送にも関わっていることが初めて明らかになった。
今後は、この輸送体が構造の全く異なる化合物を輸送する仕組みを分子レベルで明らかにすること、植物ホルモンによって雄しべの発達を適切に調節する仕組みの全容を明らかにすることが期待される。
この研究は東工大生命理工学研究科の佐藤(金森)美有大学院生と地球生命研究所の佐々木結子特任助教、バイオ研究基盤支援総合センターの増田真二准教授、東北大理学研究科の上田実教授、東北大工学研究科の魚住信之教授と浜本晋助教、理化学研究所環境資源科学研究センターの瀬尾光範ユニットリーダーらと共同で行った。研究成果は2月4日発行の英国科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ(Nature Communications)」にオンラインで公開される。

研究の背景と経緯

高等植物が持つ複雑な器官が形成される過程は植物ホルモンによって厳密に制御されている。近年の研究から、植物ホルモンが作用部位に到達するためには、輸送体タンパク質による能動的な輸送が行われていることが明らかになってきた。
植物ホルモンであるジャスモン酸(用語3)とジベレリン(用語4)はいずれも花芽、特に雄しべの発達過程に重要であり、いずれかが欠損しても雄しべの発達に異常が生じ、雄性不稔となることが知られている。そのため、雄しべの発達過程でこれらの植物ホルモンが作用部位に輸送されると考えられるが、その輸送体の実体は知られていなかった。

研究内容

本研究では、モデル植物であるシロイヌナズナの遺伝子発現パターンを解析し、ジャスモン酸の合成遺伝子とよく似た発現パターンを示す遺伝子に着目した。この遺伝子にコードされている輸送体「GTR1」は、アブラナ科の植物で生産される病虫害防御物質であるグルコシノレート(用語5)の輸送体であることが報告されていた。GTR1輸送体の機能を失った植物体(gtr1)を作成し花の発達過程を調べたところ、雄しべの発達に異常が生じ雄性不稔となっていること、gtr1に人為的にGTR1遺伝子を導入してGTR1の機能を相補すると、稔性が回復することが明らかになった(図1)。

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図1 野生株(左)と比較してgtr1(中)は稔性が低下しているため、莢(さや)は短く少数の種しか得られない。gtr1に人為的にGTR1遺伝子を導入した植物(右)では稔性が回復した。


次にGTR1輸送体によって運ばれる低分子化合物を明らかにするために、アフリカツメガエルの卵母細胞でGTR1輸送体を人為的に合成し、細胞の外から与えた植物ホルモンが細胞内に輸送されているかを調べた。その結果、GTR1はグルコシノレートだけでなく生理活性を持ったジャスモン酸とジベレリンをも輸送できることが明らかになった(図2)。
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図2 アフリカツメガエル卵母細胞を用いてGTR1輸送体が植物ホルモンを輸送するかを調べた。(a)輸送活性を調べるための実験の模式図。GTR1が存在する卵母細胞では、植物ホルモンが卵母細胞内に取り込まれる。GTR1が存在しない場合には植物ホルモンは細胞内に取り込まれない。(b)GTR1によるジャスモン酸とジベレリンの輸送活性。卵母細胞あたりどれだけの植物ホルモンが取り込まれているかを調べた。


gtr1にジャスモン酸とジベレリンをそれぞれ処理して稔性の回復を観察したところ、ジベレリンを処理した場合のみ完全な稔性の回復が見られた(図3)。この結果は、GTR1輸送体がジベレリンによる雄しべの発達制御に重要であることを示している。以上の結果より、GTR1は花芽の発達の過程においてジベレリンの輸送体として機能すると考えられる。

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図3 野生株(左)とgtr1(左から2番目)の花芽の拡大写真。野生株では雄しべの伸長と葯(やく)の裂開が起こることによって正常な受粉が行われるが、gtr1では雄しべが十分に伸びず、裂開も起こらないため、受粉が起こりにくく、少数の種しかつけることができない。gtr1にジベレリンを与えると稔性が回復するが(右から2番目)、ジャスモン酸を与えても稔性の回復は見られない(右)。

今後の展開

今回ジベレリンの輸送体が明らかになったことにより、花芽の発達過程における植物ホルモンの挙動を分子レベルで解析することが可能になる。植物ホルモンの輸送は花芽形成時だけでなく、傷害・虫害・病害応答時にも重要な働きをすると考えられるため、葉や根においてGTR1が輸送する対象を明らかにすることも重要である。さらに、どのようにして1つの輸送体が構造の異なる化合物を輸送できるのか、その分子機構の解明を目指す。また、植物ホルモンによる形態形成制御機構は、複雑な器官を発達させた高等植物の進化の過程で重要な役割を果たしたと考えられるため、植物が進化的にいつ、どのようにして植物ホルモン輸送機構を獲得したかを知るためにも、重要な指標となる因子であると考えられる。

用語説明

(1) 植物ホルモン:高等植物の体内で合成され、生理的機能を調節する化合物。形態形成、生長
促進や抑制に作用する。
(2)輸送体タンパク質:生体膜を貫通して物質を運ぶタンパク質。
(3)ジャスモン酸:果実の熟化や老化促進などを誘導する植物ホルモン、環境ストレスへの耐性誘導ホルモンとして知られる。
(4)ジベレリン:細胞の伸長、種子の発芽や休眠打破を促進する働きを持つ植物ホルモン。
(5)グルコシノレート:キャベツなどアブラナ科の植物に存在する化合物。植物の病害や食害に対抗するための防御物質としての働きを持つ。

発表雑誌

雑誌名: Nature Communications
論文タイトル: The jasmonate-responsive GTR1 transporter is required for gibberellin-mediated stamen development in Arabidopsis
著者: Hikaru Saito, Takaya Oikawa, Shin Hamamoto, Yasuhiro Ishimaru, Miyu Kanamori-Sato,
Yuko Sasaki-Sekimoto, Tomoya Utsumi, Jing Chen, Yuri Kanno, Shinji Masuda, Yuji Kamiya, Mitsunori Seo, Nobuyuki Uozumi, Minoru Ueda and Hiroyuki Ohta
DOI: 10.1038/ncomms7095

研究グループ

東京工業大学、東北大学、理化学研究所

研究サポート

本研究は、東京工業大学・東京大学による日本学術振興会、グローバルCOEプログラム「地球から地球たちへ」の支援により平成21年度より開始された(グローバルCOEプログラムは平成25年度に終了)。また、上田教授を領域代表とする科学研究費補助金(新学術領域研究)「天然物ケミカルバイオロジーの研究」からの支援は研究推進に不可欠な役割を果たした。

お問い合わせ

東京工業大学生命理工学研究科 教授 太田 啓之
Email: ohta.h.ab@m.titech.ac.jp
TEL: 045-924-5736
FAX: 045-924-5823