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研究ハイライト

藻類の栄養欠乏応答性プロモーターによる脂質蓄積強化を実現

東京工業大学

要点

○背景:藻類は栄養欠乏条件下に細胞内に油脂を蓄積
○新規性:緑藻の栄養欠乏応答性プロモーターを用い、油脂蓄積の強化を実現
○今後の展望:油脂の脂肪酸を操作することが可能

概要

東京工業大学バイオ研究基盤支援総合センターの岩井雅子CREST研究員、太田啓之バイオ研究基盤支援総合センター/地球生命研究所教授らの研究グループは、藻類が栄養の足りない状況で脂質を蓄える機能の強化と光合成による細胞増殖を両立させることに成功した。藻類の細胞にリン欠乏応答性プロモーター(用語1)を導入する遺伝子操作による形質転換で実現した。藻類による工業レベルでのバイオエネルギー生産を大きく前進させる成果だ。
モデル藻類のクラミドモナス(用語2)を用い、これまで知られている窒素欠乏条件とは異なり、リン欠乏条件下では光合成の場であるチラコイド膜(用語3)をある程度維持したまま、TAG(用語4)を蓄積できることを見出した。リン欠乏条件下で発現上昇する遺伝子のプロモーターに着目し、リン欠乏条件下で油脂蓄積を強化する形質転換系を構築した。今後さらにこの系を用いて、油脂蓄積強化だけではなく油脂に含まれる脂肪酸の種類を操作することが期待される。
この研究は東工大バイオ研究基盤支援総合センターの下嶋美恵助教、同学技術部バイオ技術センターの池田桂子氏らと共同で行った。研究成果は英国科学雑誌「Plant Biotechnology Journal (プラント・バイオテクノロジー・ジャーナル)」July 2014, 12(6)に掲載される。同電子版は6 月9日に公開された。
この研究は、太田教授が科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(CREST) 「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」の採択を受け、「植物栄養細胞をモデルとした藻類脂質生産系の戦略的構築」の一環として実施した。

研究内容

岩井研究員らは、モデル藻類である緑藻クラミドモナスを用いた解析から、リン欠乏条件下では光合成の場であるチラコイド膜を維持したまま、TAGを蓄積することを見出した(図1)。

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図1 (a=上)培養8日目(b=下)培養23日目。緑色がTAGを蓄積した油滴,赤色がチラコイド膜を示している。どちらの欠乏条件でもTAG蓄積が確認できる。リン欠乏条件下(右)では23日目でもチラコイド膜が確認できる。

新規脂肪酸を合成させながらTAG蓄積を強化することを目的とし、リン欠乏条件下で発現上昇するSQD2遺伝子のプロモーター「pCrSQD2」(用語5)とリン欠乏条件下で発現が弱いTAG合成酵素「DGTT4」に着目した。
pCrSQD2を使用し、DGTT4をリン欠乏条件下で強発現させる形質転換系を構築した。形質転換株では野生株と比べ、リン欠乏条件下でのTAG蓄積が増加した。TAGにはDGTT4が基質として好むオレイン酸(C18:1=炭素数が18で二重結合が1つ)が多く取り込まれていた(図2)。

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図2 リン欠乏条件下で形質転換株pSD4-18ではコントール株control-24よりもC18:1が多くTAGに含まれる。

これらの結果はpCrSQD2がリン欠乏条件下でのTAG蓄積強化に有効であることを示している。

背景

藻類は栄養欠乏条件下で油脂(TAG)を細胞内に蓄積する。特に窒素欠乏条件において大量のTAGが蓄積することが知られている。窒素欠乏条件下では細胞はほとんど増殖せず、光合成を控えてチラコイド膜を分解し、炭素源としてTAGを細胞内に溜め込み、環境が好転するのを待つ。このような応答は生命としての防御機構としては有効だが、細胞増殖せず、新規脂肪酸合成が抑制されるため、有用脂肪酸をTAGに蓄積させるといった工業的利用の上では不適当である。一方でリン欠乏条件では窒素欠乏条件ほど劇的な細胞増殖抑制は見られない。そこで本研究では、細胞を増殖させながら、光合成の場であるチラコイド膜を維持してTAG蓄積をできる条件を探索し、さらにその条件下でのTAG蓄積を遺伝子操作によって強化することを目的とした。

今後の展開

今回使用したpCrSQD2はリン欠乏条件下で機能することが明らかになった。この系を用いれば、TAG中の脂肪酸の量や質を操作することが可能となり、有用脂肪酸をTAGに蓄積させることができることが期待される。

用語説明

(1)リン欠乏応答性プロモーター:藻類や植物では、リンの欠乏時に欠乏したリンを生体膜を構成するリン脂質から切り出し、その代わりに糖脂質を合成して生体膜に用いる膜脂質リモデリングなどのリン欠乏に適応するための様々な応答が起こる。この際に発現が誘導される遺伝子の上流には、リン欠乏に応答して遺伝子の発現を誘導するプロモーターと呼ばれる制御領域が存在する。
(2)クラミドモナス:緑藻綱クラミドモナス目に属する単細胞藻類。ゲノム解析が進みモデル藻類として用いられる。
(3)チラコイド膜:葉緑体の内部に存在する高度に発達した膜構造。光合成の電子伝達装置やATP合成酵素などが存在し、光合成の光エネルギーから化学エネルギーへの変換を司る重要な膜構造である。
(4)TAG:トリアシルグリセロール。1分子のグリセロールに3分子の脂肪酸がエステル結合した中性脂肪の1つ。
(5)SQD2遺伝子のプロモーター「pCrSQD2」:SQD2は葉緑体に存在する硫黄を含む糖脂質SQDG(スルホキノボシルジアシルグリセロール)の合成の最終段階を担う酵素。リン欠乏時に誘導されSQDGを合成し、合成されたSQDGが葉緑体でリン脂質の代替をする。

【発表雑誌】
雑誌名:Plant Biotechnology Journal
論文タイトル: Enhancement of extraplastidic oil synthesis in Chlamydomonas reinhardtii using a type-2 diacylglycerol acyltransferase with a phosphorus starvation-inducible promoter
著者: Masako Iwai, Keiko Ikeda, Mie Shimojima and Hiroyuki Ohta
DOI番号: doi: 10.1111/pbi.12210
【東京工業大学地球生命研究所について】
地球生命研究所(ELSI)は、文部科学省が平成24年に公募を実施した世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI ※)に採択され、同年12月7日に産声をあげた新しい研究所。
「地球がどのように出来たのか、生命はいつどこで生まれ、どのように進化して来たのか」という、人類の根源的な謎の解明に挑んでいる。
※世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)は、平成19年度から文部科学省の事業として開始されたもので、システム改革の導入等の自主的な取組を促す支援により、第一線の研究者が是非そこで研究したいと世界から多数集まってくるような、優れた研究環境ときわめて高い研究水準を誇る「目に見える研究拠点」の形成を目指している。

お問い合わせ

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