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マントル深部における新しい含水鉱物の発見~地球中心核付近への水の輸送~

国立大学法人 愛媛大学
国立大学法人 東京工業大学
公益財団法人 高輝度光科学研究センター

概 要

愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の西 真之研究員、入舩徹男教授、土屋 旬准教授、丹下慶範助教(いずれも東京工業大学地球生命研究所(ELSI)兼務)らの研究グループは、地球マントル下部において安定な新しい含水鉱物の存在を、世界で初めて明らかにしました。
地球のマントル(深さ30-2900キロメートル)には、地表付近に大量に存在する水の一部が、プレートの沈み込みにより含水鉱物としてもたらされます。これまでマントル深部の下部マントル領域(深さ660-2900キロメートル)においては、Phase D(D相)と呼ばれる含水鉱物の存在が示されていましたが、D相は深さ1250キロメートルに対応する44万気圧付近で脱水分解してしまい、それ以上の深さに水が運ばれることはないと考えられていました。
ところがGRCの土屋は、理論計算に基づきこの付近の圧力で、D相が異なる結晶構造に変化することを予測し、2013年にその成果を米国地球物理学連合(AGU)の専門誌Geophysical Research Lettersに発表しました。
同研究グループではこの予測を確かめるため、GRCでの超高圧装置MADONNAを用いた実験や、世界最大放射光施設SPring-8での放射光その場観察実験に基づき、D相が新しい高圧型の含水鉱物(Phase H(H相)と命名)に、理論予測された付近の圧力で相転移することを明らかにしました。
H相は土屋が予測した結晶構造とわずかに異なりますが、極めて近い構造を持っていることもわかりました。H相は地球のマントルと中心核の境界領域まで安定に存在する可能性が強く、地球深部における水の大循環やマントル-核境界での上昇流(プルーム)の発生、また地球中心核の主要物質である溶融鉄への溶け込みなど、地球深部の物質構成や運動(ダイナミクス)に大きな影響を及ぼすと考えられます。

今回の成果は、英科学誌「Nature Geoscience」誌に掲載された。【2月2日(日本時間3日)に電子版がオンラインで先行出版】

1.背景
地球内部に貯蔵できる水の質量は海水の数倍とも見積もられています。そのため、水は地球の表層だけでなく地球の内部でも重要な成分の1つであり、地球の進化に多大な影響を及ぼしたと考えられています。
地球表層に存在する水は岩石と反応して含水鉱物を作ります。この含水鉱物はプレートの沈み込みにより、水を地球深部のマントルへと運ぶことができます。ただし、マントルは高温高圧の環境なので、沈み込みに伴う温度や圧力の上昇によって、ある深さで含水鉱物が分解・脱水します。もし含水鉱物が分解せずに安定して存在できる温度と圧力条件が分かれば、水が地球内部のどの深さまでの運ばれるかを理解することができます。
これまで、下部マントル深部領域の研究においては、ダイヤモンドアンビル装置(DAC)がほとんど唯一の高温高圧実験装置として用いられてきました。一方近年、SPring-8のビームラインBL04B1設置の大型マルチアンビル装置と、焼結ダイヤモンドを用いた実験技術の開発により、愛媛大学や岡山大学のグループでは圧力50万気圧を越える下部マントル深部領域に対応する条件下で、より精密な実験を可能にしています。
DACを用いた過去の研究では、プレートによって沈み込んだ含水鉱物のうち、最も高い圧力下で安定なものはPhase D(D相)と称される含水鉱物ということがわかっていました。しかしD相は、地球内部の1250 キロメートル程度の深さで脱水分解することが示唆されていました。つまり、水の地球深部への輸送限界は深さ1250キロメートルということになります。
最近GRCの土屋は、第一原理に基づく数値シミュレーションにより、深さ1250キロメートル付近に対応する圧力でD相が新しい構造に変化することを予測ました。また、この相はより高い圧力で脱水分解することを予測し、2013年にその成果を米国地球物理学連合(AGU)の専門誌Geophysical Research Lettersに発表しました。
本研究では、焼結ダイヤモンドとマルチアンビル装置(図1)を組み合わせた精密実験により、高温高圧下でD相の高温高圧下における安定性の再検討を行い、この含水鉱物が分解する温度圧力条件の正確な決定を試みました。

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図1.マルチアンビル装置(SPEED Mk-II)と焼結ダイヤモンドアンビル。
炭化タングステンアンビルを使った通常の実験手法では30万気圧程度の圧力発生が限界であるが、本研究グループなどにより開発された焼結ダイヤモンドアンビルを用いた実験では、50万気圧を大きく超える超高圧力が発生可能となる。

2.成果
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の西 真之研究員、入舩徹男教授、土屋 旬准教授、丹下慶範助教ら(いずれも東京工業大学地球生命研究所兼務)と、(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)の肥後祐司研究員らの研究グループは、地球内部の深さ1250キロメートルに相当する温度圧力条件下でD相の安定性を調べました。その結果、D相が新しい含水鉱物に変化することを見出し(図2)、この含水鉱物をH相と名づけました。

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図2.Phase H(H相)の高圧下でのX線回折パターンと予想された結晶構造。

今回見つかったH相は、土屋の理論シミュレーションにより予想された結晶構造によく似ていますが、少し異なることが分かりました。また、H相は高圧下でのみ安定で常圧下には回収できないため、精密な構造解析には至っていませんが、高温高圧下のX線回折データから、既知の高圧型アルミナス含水鉱物(δ-AlOOH)と同じ構造である可能性が強いと思われます。

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図3.今回発見された含水鉱物Phase H(H相)が存在できる温度圧力条件。
H相はMg, Siに次いで重要な成分であるアルミニウムを加えると、その安定な圧力と温度領域が大幅に広がる。

H相は、Mg, Si, O, Hからなる高圧相ですが、多量のアルミニウムが取り込まれることも本研究グループにより実験により示されました。アルミニウムを取り込むことにより、H相はより高い温度・より高い圧力下まで安定化され、沈み込んだプレートのような温度の低い領域では、下部マントル最下部まで脱水分解しない可能性が強いと思われます(図3)。したがってH相は最終的には2900キロメートルの深さ、地球の中心核との境界へと水を運ぶ可能性があります(図4)。

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図4.地球内部構造と今回の研究から示唆される地球深部への水の輸送。
下部マントルに沈み込んだプレート内では、D相が新しい含水鉱物H相に変化し、中心核付近まで水を運ぶことが可能であると考えられる。

本研究の結果は、従来はマントル半ばまでの1250キロメートル程度の深さまでと考えられていたプレートによる水の輸送の限界が、一気にマントルと核の境界付近の2900キロメートルまで拡張されることを示唆します。水の存在は岩石の溶ける温度を下げるため、マントル最下部でのマグマの発生を引き起こし、これによりマントル最下部に観測される超低速度層や、この付近に起源を持つマントル上昇流(プルーム)などの原因になる可能性があります。また、地球中心核の主要物質である溶融鉄への溶け込みなど、地球深部の物質や運動(ダイナミクス)の解明において、重要な影響を及ぼすものと考えられます。

3.今後の展望
今回の研究では、マントルと核の境界付近近くまでH相が安定に存在する可能性を示しましたが、一方で土屋の予測に基づくと、これより浅い領域で高圧型の氷を含む相に分解する可能性もあります。今後更にマルチアンビル装置による圧力・温度領域の拡張や実験手法の開発を行い、この付近における H相の安定性の直接観察とともに、周囲のマントル物質や核物質との反応、また高温高圧下での氷の挙動を詳しく調べる必要があります。
地球内部での水の存在量とその循環は、地球の起源物質の特定や内部の運動を知る上で大変重要であるとともに、太陽系の他の惑星における水の存在や、太陽系の生成過程を理解する上でも重要です。今後マルチアンビル装置と焼結ダイヤモンドを利用した実験技術の進展により、マントル最下部領域での高い精度の実験が可能になり、これらが直接実験的に解明されることが期待されます。
本研究グループでは、焼結ダイヤモンドを用いた超高圧実験技術の開発とともに、独自に開発した世界最硬ナノ多結晶ダイヤモンド(ヒメダイヤ)を用いた新しい実験技術の開発も進めています。

4.成果のポイント
・第一原理計算による理論的予想が、実験によって実証的に確定された貴重な科学的成果
・新しい超高圧技術と放射光実験を組み合わせた、独自の高精度な実験
・D相発見以来30年ぶりとなる、下部マントルにおける高圧含水鉱物(DHMS)の発見
・下部マントル中部までとされていたプレートによる水の輸送を、中心核付近まで拡大
・超低速度層、プルームの発生、核への水の溶け込みなど、マントルと核の境界付近における様々な現象に影響

【関連分野の研究者】

東京大学大学院理学系研究科 地殻化学実験施設 教授 鍵 裕之 E-mail: kagi_at_eqchem.s.u-tokyo.ac.jp TEL: 03-5841-7625

東京工業大学 地球生命研究所 教授 廣瀬 敬 E-mail: kei_at_elsi.jp TEL:03-5734-3528

愛媛大学の地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)は、ELSIの国内唯一のサテライト拠点となっている。

お問い合わせ

愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター Tel:089-927-8197  Fax:089-927-8167

研究員 西 真之 E-mail: nishi_at_sci.ehime-u.ac.jp TEL: 089-927-8256

教授 入舩 徹男  E-mail: irifune_at_dpc.ehime-u.ac.jp TEL: 089-927-9645

准教授 土屋 旬 E-mail: junt_at_ehime-u.ac.jp TEL: 089-927-8152

高輝度光科学研究センター 研究員 肥後 祐司 E-mail: higo_at_spring8.or.jp TEL: 0791-58-2702