メッセージ
所長からのメッセージ
地球生命研究所は、「地球の起源と進化」さらには「生命の起源と進化」を研究目的に掲げています。一見欲張りに見えますが、両者は密接に関連しています。特に、「生命はいつどこで生まれ、どのように進化して来たのか」という人類の根源的な謎は、ギリシャ哲学に始まる自然科学が問い続けてきた最も重要なテーマの一つであり、これまで多くの研究者が挑んできました。地球惑星科学分野と生命科学分野の融合研究によってこそ、この問題を解明できる、というのが私たちの考えです。生命の起源に関するこれまでの議論は、原始生命の前駆物質に関する生化学的な研究が主でした。しかし、生命の活動は周囲の環境とのエネルギーや物質のやり取りを通して成立している以上、生命の起源に関する研究は初期地球環境の研究と本来不可分なはずです。謎に包まれた「誕生して間もない頃の地球(初期地球)」に研究の焦点をあて、生命の起源を意識しながら、生命誕生前後の地球環境を理解することが重要と考えています。当時の地球環境は今と大きく異なっていたでしょう。たとえば地球は塩酸や硫酸の海に覆われていたかも知れない。しかし初期地球環境の直接の証拠は地球上にほとんど残されていません。
そこで私たちは、これをフォワード(地球形成の理論モデル)、バックワード(地質記録のさかのぼり)の両方向から解き明かそうとしています。前者は、「地球の起源」を追うことに他なりません。惑星形成理論と世界最先端の計算機シミュレーション技術によって、太陽系における地球形成プロセスを第一原理的なところから明らかにします。さらに高圧高温実験を駆使して原始地球における物質分化を明らかにし、その中心核から大気・海洋までを再現します。後者には、東工大地球史資料館に保管されている16万個あまりの地球史試料を活用します。地球に地質記録が残されている35億年前までの環境変動を読み取り、それ以前の冥王代の環境を推定します。
一方、月や小惑星には初期太陽系の情報がたくさん残されています。また初期地球に近い環境が、深海底の下や一部の陸上の温泉地帯にあると考えられています。私たちは理論や実験をベースにした研究だけではなく、これらを対象とする実証(観測)ベースの研究も重要視します。
このような「初期地球環境」の研究から、生命誕生に必要な栄養塩やエネルギーの供給が可能な「場」を考え、生命を生んだ環境の特定を目指します。そのような場で生まれた最初の生命はどのようなものだったのでしょう?現在、ゲノム科学分野では、特定の環境因子と微生物の遺伝子プールとの関係が現在明らかにされつつあります。生命が誕生した環境が特定されれば、その関係を使って、初期地球の特殊環境下で誕生した生命の「初期ゲノム」を推定できるでしょう。さらに私たちは、合成生物学により初期細胞を実際に構築することを試みます。
さらに、このような「地球生命学」の研究を通じ、私たちは生命惑星としての地球の特殊性を理解しようとしています。これは同時に、生命惑星の普遍性を理解することにつながるでしょう。木星の衛星エウロパと土星の衛星エンケラダスは、表面の氷の下に海が存在し、生命存在の可能性が指摘されています。また太陽系外にもすでに1000個ほどの惑星の存在が知られており、中には生命を育むものがあるかもしれません。私たちは、「地球生命学」研究の成果を活かし、これら近未来の地球外生命探査計画にも積極的に参画するつもりです。