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141 ある火星研究者が小惑星を目指したわけ

313dd4e65b6d026c414c25a88932d3a6.jpg(Credit JAXA/Akihiro Ikeshita)

はやぶさ2探査機の小惑星リュウグウへの到着(2018年6月末ごろ)が目前に迫っている。2018年4月22日時点でのリュウグウまでの距離は234,425 kmで、この原稿を書いている最中にも、秒速約100 mで刻々とリュウグウに近づいている[1]。はやぶさ2は、水や有機物を多く含むと予想される小惑星からのサンプルリターンを目的とした探査で、リュウグウから持ち帰る試料に含まれる水や有機物は、地球の海や、そこで進化した我々生命の材料であると考える研究者も多い。このブログでは、地球化学者である筆者が、小惑星探査はやぶさ2にかかわるようになった経緯について書き残したい。

地球や火星の歴史を研究してきた私にとって、巨大な望遠鏡で見ても小さな点でしかなく、形すらよく分かっていない小惑星は、研究対象として興味をそそられるものではなかった。「太陽系形成論の枠組みにおける始原的小天体としての小惑星」といった教科書的な知識として頭では理解し、それを宇宙地球化学という名の講義[2]で分かったような態度で授業をしていても、言葉では説明できない何かによって心をつかまれないと、研究者のスイッチは入らないものなのである。しかし、後付ではあるが、その何かを説明するという困難にチャレンジしてみたい。

ELSIでは、火星隕石を用いて火星の水の起源と進化に関する研究に従事している。火星隕石は、火星への天体衝突により表面を覆う岩石が弾き飛ばされ、それが地球にもたらされたものである。私は、火星隕石に微量に含まれる水の化学分析を通じ、かつて火星の表面を覆っていた海の水が、リュウグウに似たタイプの小惑星からもたらされたものであると考えるようになった[3]。そして、その水は、海がなくなってしまった現在においても、水分を含む岩石や氷として火星の地下に大量に貯蔵されているはずだと考えている[4]。一方、2018年1月、NASAの探査機(MRO)により、地下氷の一部が、地表に露出しているとの報告がなされた[5]。荒涼とした赤茶けた砂漠の大地の下に、今でもたくさんの氷が埋まっていて、その元となる物質は遥か遠くの小惑星からもたらされているかも知れないなんて、わくわくしませんか?それまで、私にとって単なる小さな石ころでしかなかったリュウグウが研究対象となった瞬間である。

リュウグウが確かな輪郭・個性を持つ天体として私の意識の一部を侵食し始めたころ、はやぶさ2の科学責任者である渡邊氏(名古屋大)より、「リュウグウなどの小惑星だけでなく、地球や火星、氷衛星など、水を含むような太陽系天体を統一的に解釈しよう」という壮大なプロジェクトの提案を受けた。その後、ELSIの研究仲間である玄田さん[6]、関根さん[7]らとともにこのプロジェクトの検討を開始し、2017年より、水惑星学という新たな分野の立ち上げにつながった[8]。水惑星学の枠組みにおいては、リュウグウは、「地球や火星にもたらされた水や有機物の保管している保管庫」として、また「その水や有機物が岩石と引き起こす化学反応を解析する実験室」としての役割が与えられている。はやぶさ2探査チームはもとより、水惑星学のメンバーも万全を期してリュウグウへの到着に備えている。ただ、今回もまた我々の予想を裏切るような結果が得られるのであろう。だから研究はやめられないのだが。

[1] http://www.hayabusa2.jaxa.jp/
[2] http://www.ocw.titech.ac.jp/index.php?module=General&action=T0300&JWC=201701803&lang=EN
http://www.ocw.titech.ac.jp/index.php?module=General&action=T0300&JWC=201701803
[3] https://sites.google.com/site/marssciencet3/research/origin-of-water-on-mars
https://www.titech.ac.jp/news/2013/024237.html
[4] https://sites.google.com/site/marssciencet3/research/evidence-of-subsurface-water-on-mars
https://www.titech.ac.jp/news/2014/029417.html
[5] http://www.manyworlds.space/index.php/2018/01/11/the-mars-water-story-goes-deeper-and-wider/
[6] https://members.elsi.jp/~genda/
[7] http://www.astrobio.k.u-tokyo.ac.jp/sekine/
[8] http://www.aquaplanetology.jp/