ELSIで1月末に開催された「Why Life?(なぜ生命なのか?)」ワークショップでは、私が今まで聞いたことがないような生命に関する質問がなされた。約70年前、Erwin Schrödingerが「What is life?(生命とは何か?)」という有名な質問を投げかけたが、Why life?はさらに一歩踏み込んだ質問である。物理学や化学の法則により、実際に生命の特性を表すような物質の組織構造の存在が予測できたのか?(我々も含む)物理的な世界を観察すると、物質の組織は2つの明確に異なる形を持っている。生物と無生物である。しかしなぜ2つの組織構造は1つでもなく3つでもないのか?そもそもなぜ生命は存在するのか?さて、最近まで答えはまったく手の届かないものだった。しかし(システム化学と呼ばれる)化学の新時代のおかげで、こういった深遠な疑問に対処できるようになってきた。
基本的な生命の質問に対処するときの問題は、コンセプト上、生物学と物理化学に大きな違いがあるということだ。20世紀に根付いた「生物学の自律性」という哲学により、生物学が遠く離れてしまった。しかし、システム化学の新時代がそのギャップを埋めてくれる。これは生物学を理解する上でとても良いニュースだ。
化学の見地からすると、生物学は極めて複雑な複製システムの研究である。化学は広い意味では化学反応の課題(物がどう反応するか)に注目している。しかしここ最近まで、化学の研究は複製の反応については大方無視してきた。そして、正にこの分野にシステム化学が現れたのだ。単純な複製システム(複製された分子とそのネットワーク)の化学を研究することで、システム化学は化学と生物の間にできた溝を埋め始めている。極めて複雑な複製システムを理解するため(そしてこれが生物の領域なのだが)、まずは簡単な複製システムの働きを理解する必要がある。
それではシステム化学は我々に何をもたらしてくれるのだろうか?この新しい分野におけるパイオニア的実験を通して、物質を支配するいくつかの一般的なルールが形になりつつある。もちろん、物理化学の世界では変化を支配する中心的な法則は熱力学第二法則である。しかしSchrödinger が70年前に明らかにした通り、生物学の世界では第二法則は説明できない。第二法則では、もっとも小さい生命(たとえばバクテリア細胞)の複雑さが確率論的な化学の世界からなぜ生まれたのかを説明できない。それでは生命のパズルの謎を解き明かす、未だ発見されていない自然界の法則があるのだろうか?それとも主要な法則はすべてわかっているが、パズルのピースが正しくはまっていないだけなのだろうか?
我々はまだ正確なことはわからない。しかし興味深い可能性が現れた。複製の反応を作り出すものは自己触媒的だということだ。自触媒作用は非常に驚きくべき運動力をもたらす可能性がある。分子がほんの79回複製するだけでモルになり、これは6 x 1023 の分子に相当する。指数関数的に増える運動力であれば明らかに異なる化学パターンを作ることができ、そのパターンの中に「なぜ生命なのか?」の答えが見つかると私は考えている。例えばある複製システムに指数関数的な増加が関連しており、それが絶え間なく複製するだけではなく、複製システムが変化するような(質の悪い複製システムをより良いものにすることができるような)進化のプロセスを引き起こすとしたらどうだろうか。進化が化学から始まることになる。
さらに原則的には、その複製反応と自己触媒的という特徴は「安定」というコンセプトを思い起こさせる。安定とはエネルギーのことだけなのか、それとも時間と持続性の側面も持つのか?第二則は持続性について作られた一般的な安定法則の特殊な表現としてみることができるのか?
明らかなことは、どうやって生物学は機能するのかという半世紀にもわたる進歩の末、生物学とは何か、およびそれが物理学や化学とどう関連するのかという我々の理解には進歩がなかったということだ。我々は新しい時代に突入している。生物学と物理化学が融合し始め(実際、融合すべきなのだ)、融合によって「なぜ生命なのか?」に対する答えに手が届きそうになっている。刺激的で示唆に富むイベントを企画してくれたPiet Hut、Jim Cleaves、Greg Fournier氏に感謝する。