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11 ELSIでグルーブを感じたい

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私の家族は東京のELSIに移るため、大掛かりな引っ越しの用意をしている。私の妻Christine Houserと私は8月からフルタイムでELSIに勤務することになったからだ。国境を越えた引っ越しのごたごたの中にいても、出発の日が近づくにつれ、毎日ワクワク感を感じるようになっている。引っ越しの梱包をしているときはELSIに思いを馳せ、私たちにとってどういう意味があるのかを考える重要な時間となっている。ELSIブログの最初の投稿として、引っ越しの準備をしている間にいろいろ考えたことを書いてみたい。なぜ私がELSIを特別に思っているかという理由を伝えられることができれば幸いだ。

私の世代の多くがそうだったように、私はティーンエイジャーのとき音楽の虜になった。私は特にインディーズで、常識の壁を打ち破り、聴衆を別の世界に誘い、マインドの地平線を広げ、文字通り「世界を変える」新しい創造のパワーを開放するようなバンドがお気に入りだった。小学校で管楽器を習い、最終的に私はベースギターを選んだ。そして同じように音楽の好きな仲間たちと定期的にジャムセッションをしていた。こういうバンド活動に特有なのが、音楽家が言うところの「グルーブ」だ。「グルーブ」とは、アンサンブルメンバー全員が歌やテーマを追い求める心にシナジー効果を発揮することをさす。まるで「惑星が一直線に並ぶように」隠れた泉の魔法が飛び出すのだ。そのような瞬間は、基本的な数学さえ規則通りに働かない。アンサンブルは、各パートの足し算よりも素晴らしい音を出し、音楽は全く新しい方向に向かう。グルーブは製造できるものではない。強いられるものでも、管理されるものでもない。音楽を偉大にする最も重要な要素であるにもかかわらず、測定さえもできない。

わたしが大学でまじめに勉強していたころは、音楽は休止していた。しかし人生の様々な局面でグルーブと同じようなものが存在することを知って嬉しくなった。実際、グルーブは人との共同作業によって生みだすことができる。愛すること、親友を見つけること、組織を設立して成功すること...そしてこのブログに関連するところでは、科学的共同研究によって生み出すことができる。私の科学者としてのキャリアの中でグルーブのような特別な感覚を得たのは大学院の頃だった。それは最深マントルの「ポストペロブスカイト」相転移の新発見を読んだときだった。ELSIのディレクターKei Hiroseの研究所から発表されたものだ。ゆっくり対流する深部マントルの相転移は、それが起こる温度がマントルと核との境界の温度に比べて高いか低いかで全く異なる様相を示すことがわかった。ポストペロブスカイト相への相転移がどのような地震学的兆候をもたらすかはシナリオによって変わるが、いずれにしても地球の金属核と岩石のマントルの間の温度構造や熱輸送について重要な知見をもたらすため、深地球研究が長年追い求めてきた謎解きの鍵である。数か月後、若い研究者のワークショップに参加し、地震学者の同僚であるChristine Thomasのプレゼンテーションを聞いた。そこで彼はこれらのシナリオを明確に区別していた。私は文字通り興奮で椅子から転げ落ちた。その後に続く共同研究のグルーブによりできた論文が、私が今までで一番引用するものとなった。そして地球深部に関する世界中の研究の方向性を変える、新しい研究の方向がスタートした。これが鉱物物理学、地震学、そして地球力学が融合し、全体として部分の総和よりも大きな力を発揮した瞬間だった。

地球上の様々な文化活動を見ると、最近はグルーブを達成することの重要さが認識されていない。音楽の分野でも科学の分野でも、悪影響を与えている。近年マスメディアに現れる音楽に本当に素晴らしいものがないと感じたことはないだろうか?音楽業界はインディーズバンドを見放し始めている。一緒に仕事をするのが面倒だからだ(かつ公正な分け前を要求するため、収益性が低い)。代わりに音楽業界はマーケティングアナリストが陳腐なパーツをつなげて作った音楽を単に「演奏する」だけの請負業者やスペシャリストを雇う。これは洗練されていない顧客に、スプーンで食べ物を分け与えているようなやり方だ。演奏家自身は驚くべき才能を持ち、技術的にも優れている専門家である。しかしマイクロマネージされた環境では、他のミュージシャンの芸術の可能性を開放するために協力し合うといった自由はない。今やそれは二極化の状態を生み出していて(Beatles対Monkees、パンク対ポップなど)、行きつくところは「プロデュース」された状態である。ポピュラー音楽のスター達は様々な才能ある人たちとのコラボレーションによって感銘を受け、自身で作曲した曲が徐々に認められるということはなく、いきなりテレビの歌と踊りのゲームショーのスポットライトに押し上げられる。こうして、ポップミュージックにおいてグルーブを達成する可能性は非常に少なくなってしまった。音楽業界は偉大な音楽を市場に送り出す能力がなくなったため低迷しているが、経営者たちはこれをインターネットのせいにしている。

似たような二極化は、最近では人生の様々な局面でみられるが、芸術や科学の分野にまでも侵食してきた。財政上の問題が主な原因である。娯楽分野における強い利益(無駄を省く)志向、純粋な科学に対する公的資金の予算縮小が挙げられる。科学分野で言えば、このようなプレッシャーにより研究者は財政的支援を継続的に受けられるニッチ分野の専門家になる。わかりやすく、漸進的で、ツールベースの研究プロジェクトは比較的研究費を得やすい。さらに様々な研究施設に関連する政治的なプレッシャーも存在する。公私に関係なく、あるイデオロギーを持った人は「企業のような」モデルを採用したほうが効率が良いと主張するためだ。「達成基準」を設定して、科学研究の結果を定量化することも「科学の漸進主義」を増長することになる、さらに多くの学術機関がこの結果を科学者の採用や昇進の判断材料に利用している。優先順位の変化によって様々な専門の研究ツールを相互につなげる能力や、壮大な絵画を描く実践家を失った。それこそが科学を前進させる機動力であるのに。さらに重要なことに、科学をもっと迅速に前進させ、科学者が一緒になって、自由に考え、非線形なやりとり(グルーブなど)を作り出すことで自分だけではなし得なかったことを達成できるのだが、こういった活動も制限されている。

 これはELSIではどういう意味を持つのか?私の考えではELSIは当初から科学のグルーブを生み出すために作られたもので、この成功はさきほど私が言ったシナジーを達成するかどうかにかかっていると思う。世界中の施設で当たり前になっている「漸進主義」というトレンドと極端な専門分化に異を唱え、ELSIは最も偉大で重要な未曽有の科学の謎に立ち向かっている。ELSIの目的は様々な経歴をもつ、様々な分野の科学の専門家が集まることでグルーブを感じ、正しい刺激(カタリスト)を与え、すべてのELSIメンバーに強い発熱反応をもたらすことだ。それゆえにELSIは我々の科学の進歩になくてはならない存在なのである。私たちはこのすばらしい活動の一員となれることを嬉しく思っているし、個人的にELSIで多くのグルーブを作り出すつもりだ。8月に会おう。