数多の国からマンハッタンという小さな島に人々が結集するニューヨークは、地球上の都市で最大の文化のるつぼと言えるでしょう。同様に、ELSIも学際的な意味での「るつぼ」として、起源への問いを中心にゆるやかにまとまりながら、自然科学、数学、工学から社会科学、人文科学にいたるまで、あらゆる分野の人を結び付けています。
ELSIの中心的なミッションは、初期地球の進化を研究することで生命の起源と初期段階の進化を究明し、さらに別の惑星での生命の可能性を探ることです。そのことがすべての学問の融合とどう関わるのかと思われるでしょう。。
まず、どの自然科学も何らかの形で貢献するということは容易に理解できます。地球の最初の生命の姿を研究する地質学について言えば、私は多くのELSIの研究が化学から生物学へと焦点を移していくことを期待しています。もっと言えば、地質学と古生物学の見地から、地質化学から有機化学へ、そして生物化学へと焦点を移すべきと考えます。しかしそれだけではありません、近代生物学、さらには応用物理学、数学的モデリングといった分野も関わってきています。さらに宇宙物理学では、わが地球だけではなく、惑星や衛星、太陽系内の小惑星などに存在する生命のサインを探求しているのです。テクノロジーの進化により、我々は近隣の惑星を訪れるのと同じように、はるか遠くの天体を観察することができるようになりました。
しかし社会科学や人文科学はどうでしょう?これらは複雑なシステムの普遍的な問題を研究するためにあります。生命というのは、世界中の研究対象の中で類を見ないほど興味深く、複雑なものです。単一細胞の極めて複雑な構造、生命界全体の精密な生態系、人間の脳の不思議な働き・・・我々は真に複雑なシステムの構造とダイナミクスの端緒をつかんだに過ぎないのです。
現在を生きる我々はとても幸運です。ここ10年の間で複雑系について多くの事を発見してきました。ひとつの細胞が驚くべき方法で働き、自身を修復すること、アリの社会、人間の社会、そしてインターネットの台頭に至るまで、多様なネットワークが、自然界や文化の中で、あらゆるスケールで機能しています。現在、多くの分野において複雑系についての理解が徐々に形になりつつあるのです。もし私が今学生だったら、研究のきっかけが何であれ、どの分野から始めようとも、間違いなく複雑系の研究を専攻するでしょう。複雑系は、まさにどの分野の研究にもなり得るのです。
最初の生命の形は化学における分子の動きでした。それが岩石の表面や岩石間の空隙、あるいはミネラルの上で原始的生物になり、真の複雑さを代表する、地球上で最初の生命の原型となりました。直近の変化には人間の言語、経済構造の始まり、都市の発展、協力や競争といった複雑さの発達が挙げられます。数千年の歴史の、文字による記録も、DNAに記録された遺伝子情報という数十億年におよぶデジタル記録と匹敵するぐらい興味深いものです。
実際、進化を考えるとき、近代生物学の礎はダーウィンが発見した競争と生存のための経済的なシステムにたとえられるものでした。現代の生物学の考えからすれば、複雑系科学の思考は2つの方向に向かっていて。一方は社会科学から自然科学に進むもので、他方は社会科学に戻るものです。ELSIの活動の一つに真の複雑さの起源とは何かという普遍的で壮大な質問に対して、すべての分野にわたって対話をするというものがあります。
しかし、そういった壮大な話をしているだけでは先に進みません。時折、こういった普遍的な質問を話題に出すことはもちろん刺激を促すことになります。しかし、地に足をつけなければ今後の進歩はありません。たとえば我々が住んでいる地球の地質学や海洋学を学ぶこと、あるいは研究室で極めて複雑で細かい実験を繰り返すことが重要なのです。それによって生命がいかに複雑かということが、思いもよらぬ方法でわかってくるのです。
ELSIでは主に宇宙物理学、地質物理学、地質化学、生物化学、純古生物学、生物学といった分野で、詳細な問いを調査していくことに専念しています。ELSIの研究者は分野をまたぎ、国境を越えて、地道に生命の起源についての織物、異なる分野から提供されるすべての糸を紡いでいるのです。そして時折紡ぐ手を休め、絵の全容と、それらが額縁にはまる様子を見上げるのです。そのようにしてすべての研究分野はひとつにまとまるのです。